第12話

「今は色々と見聞きし過ぎて、考えがまとまらないかと。ゆっくりと眠り、落ち着いた思考でお臨みください」


 求めるような目をしても、譲る気配を微塵も見せない克頼に、晴信は息を吐いた。


「わかった。眠るよ」


「おやすみなさいませ」


 そう言って、克頼は動かない。晴信は隣室のふすまを開け、褥に横になった。


「ちゃんと寝るから、克頼も休め」


「では」


 克頼がふすまを閉める。気配が遠ざかり、晴信は「過保護だな」と呟いた。だが、彼がそうなってしまう理由を、隼人から聞いた。


 隼人は人質として出された後、瑠璃を掘る仕事を命じられたと言った。集められた全ての人質がそうなったのではなく、体躯の良い若い男だけが鉱山に連れて行かれたのだと。食事は雑穀の雑炊のみ。肉や魚が与えられる事は無く、彼らは自分たちでそれらを調達していたという。人質というより奴隷のようだったと、隼人は恨みなど微塵も感じさせない口調で語った。


「死ぬと困るから、病気や怪我をした場合は、きちんと面倒を見てもらえた。だが、他の労働者のように、賃金を与えられる事もなく、こき使われた。腹を立て文句を言おうとしたり、逃げ出そうと思っても、里の事を考えれば出来なかった。衝動的に逆らおうとした者を、里がどうなってもいいのかと大勢で宥め、説得した事は一度や二度じゃ無い」


 鉱山以外の場所にいる人質たちが、どういう扱いであったのかは知らないが、おそらく似たようなものだったろうと、隼人は語った。誰もが恨みを募らせていた。国主が代わり事情が変わったと役人に告げられ、里に帰っていいぞと金銭を渡されて、バカにするなとそれを投げつけた者もいた。晴信の事を、父を追放したのは民を思っての事ではなく、自分の欲のためだと言っていた者もいた。だから、不用意に人を信用しないほうがいいと隼人は忠告をし、克頼くらいの警戒心を持っておけと歯を見せて笑った。


「どうして」


 そんな扱いをされたというのに、隼人は笑っていたのだろう。


 晴信は瞼を閉じ、隼人の笑みを浮かべた。その横に、栄の姿が立ち昇る。彼女の侍女は、ひどく怯えていた。栄はどんな扱いを受けていたのだろう。集められた人々は、どんな思いで日々を過ごしていたのだろう。


「俺は、本当に何も知らないな」


 自嘲を浮かべた晴信は、冴えた意識を無理やり眠りにつかせようと、体を丸めた。


 * * *


「思う以上に、大変だな」


「当然でしょう」


 過去五年分の納税額と諸費用を洗い出し、不要な部分は民に還元すると晴信が言っても、予測をしていた克頼が根回しをしていたおかげで、誰も意を唱えなかった。


 その年に行った諸事の経費を纏めたものと、国費の残高を記した書面はあった。それと各所から取り立てた税、国の産物による収入をまとめた物もある。書面上の国はとても豊かだったが、晴信は隼人に案内され、貧しく暮らしている里の姿を目にしている。ここに記されているものが、真の状態であるとは思えなかった。


「父上が人を斬り、手入れのされていない田畑が増えたというのに、納められている米の量は変わっていないな。増えている所もある」


「米の代わりに、肉や麻布などを増やしている所もあります」


 晴信は考え込むように口に手を当て、書面をにらんだ。


「これでは、どのくらいの収穫があったのか、わからないな」

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