第10話

 口調が気安いものになっている。克頼は不快を示し、晴信は首を傾げた。


「いいのか」


 晴信の問いに、さわやかな笑みで隼人が応える。そうかと刀を受け取った晴信は、それを腰に差し、克頼を見た。


「心配をする必要はなさそうだな。克頼」


「無茶をなさいます」


「苦労するなぁ」


 隼人が笑いを滲ませ、誰のせいだと言わんばかりに克頼が鋭い目線を向ける。それを受け流した隼人は、好奇心むき出しの顔で晴信を見た。きらきらと童子のように輝く瞳に、晴信はふと疑問を浮かべる。


「隼人は、ずいぶんと精悍な体つきをしているが、いくつだ」


 白髪の里長の息子なのだから、自分より十は上だろうと思いつつ問うと


「十八だ」


 答えた顔の幼さに、晴信はこぼれんばかりに目を見開いた。


「克頼と同じなのか」


 二人を見比べた晴信は、自分の手を見てそっと息を吐いた。


「お館様も、すぐに大きくなるって」


 なぐさめというよりも、からかいのほうが多分に含まれている隼人の声に、晴信は情けない顔を向けた。


「晴信様」


 すっかり気を許しているらしい晴信を、叱りつけるように克頼が呼んだ。


「早く里を見て回りましょう。やるべきことは、山ほどあるのですから」


「おお、怖」


 ひょいと肩をすくめた隼人と、怒気を隠そうともしない克頼の姿に、晴信はくすりと鼻を鳴らした。


 * * *


 蘇芳の館に帰った晴信は、険しい顔で腕を組み、考え込んでいた。彼の顔を、灯明の火が照らしている。


「晴信様」


 かかった声に顔を向けた。


「克頼か」


 すらりとふすまが開かれ、克頼の顔が覗いた。晴信は愁眉を開き、入れと招いた。一礼をした克頼が膝を滑らせる。その横に、湯飲みを乗せた盆があった。ふすまを閉めた克頼は、にじり寄って晴信の前へ盆を押した。


「温かなものを召し上がれば、気持ちも解れるかと」


「すまないな」


 手を伸ばした晴信は、克頼の気遣いに口をつけた。香ばしい茶の味の奥に、甘さが滲む。驚いた晴信に、克頼は澄ました顔のまま「黒糖を少々」とつぶやいた。


「ありがとう」


「いえ」


 軽く頭を下げた克頼が、ちらりと晴信を見る。晴信は「見通されてばかりだな」と苦笑した。


「どれほど長く、共にあるとお思いですか」


「俺は克頼が恐ろしくなる事があるぞ」


 けげんに首を傾げた克頼に、晴信がにっこりと歯を見せる。


「昼間は、おもしろかったがな」


 克頼の眉根にしわが寄った。


「そんな顔をするな、克頼。俺はお前があんなふうに、感情をあらわにする事があると知って、うれしいんだ」


「からかうのは、おやめください」


「からかってなどいないさ。あれほど敵意をむきだしにする克頼は、初めて見た。冷静な顔か、はかりごとの笑みかのどちらかしか見た事がないからな」


 克頼の鼻の頭にしわが寄って、晴信はカラカラと声を立てて笑った。


「いや、すまん。言いすぎた。きちんと笑う事も知っている。だが、あんなふうに敵意をむき出しにする姿は、初めてだ」


「口では“お館様”と呼びながら、その実、態度では敬わぬ者を不快と思うのは、致し方ないかと」


「うん……そうか? それだけでは無いように思ったが」


「他に、何があると仰せなのですか」


 ううんと晴信が腕を組む。


「そうだなぁ。相反する性質であるがゆえの、本能的な敵愾心と言おうか」

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