第9話
里長が横目で克頼を見る。
「克頼」
晴信の声に、克頼は渋々気配をゆるめた。
「あの者の息子は、もう帰っては来ません。ですが、あの者は生きております。老い先短い者が、安心してあの世に行けるよう、孝行をする気持ちで国を導いてください」
「孝行をする気持ちで……」
深く頭を下げた里長の白い髪と、シワだらけで血管の浮いた、皮の厚い手を晴信は見た。よく日に焼けた手肌は、労働者のそれだということくらい、館の中で育った晴信とて知っている。
「国主は子であり、親でもあるのです。この国の民は皆、晴信様の子であり、親であるとお思いください。私ごときと比べるのも失礼な話ですが、私はそう思いながら里を導いてまいりました。これは代々、受け継がれてきた言葉です。私の息子にも、常々言い聞かせております」
里長の後ろに控えている、精悍な青年が頭を下げた。
「どうぞ、そのお気持ちを忘れずに。荒れた国内を治め、導いてくださいますよう」
里長の言葉に合わせ、座にいる者が平伏した。晴信の心がわななく。圧倒されまいと腹に力を込めた晴信は、茶と共に出された団子に手を伸ばし、かじった。ふわりとした甘さに心が和む。
「この団子は、先ほどの者が作ったのか」
「――は? はあ、そうですが」
自分の言葉の返答ではなく団子の事を問われ、里長が奇妙な顔をする。
「そうか」
しっかりと味を確かめるように
「うん。うまい」
晴信は、ひとつをつまんで克頼に差し出した。
「うまいぞ、克頼。これほどうまい団子を作れる者を、大切にせねばらないな」
受け取った克頼が、ぽんと団子を口に入れる。それを満足そうに見て、晴信は里の者たちに顔を戻した。
「あの者に、とてもうまい団子だったと伝えてくれ。団子の礼に、必ず応えると」
感動のざわめきが立ち、彼らは再び頭を下げた。
「晴信様。そろそろ」
克頼が促し、里長が彼の息子を振り返った。
「
呼ばれ、前に出た男が晴信の顔をにらむようにして、挨拶した。
「
晴信は彼の射抜くような視線にたじろぎつつ、あいまいに頷いた。克頼が目の端に不快を滲ませる。
「それでは、こちらへ」
さっさと出て行く隼人に、晴信は慌てて立ち上がり、挨拶もそこそこに後を追った。克頼は警戒を漲らせて腰を上げる。
表に出れば、隼人はギロリと晴信を見た。
「何もかも、包み隠さず申し立てます。不快になられる事を、先にお覚悟ください」
隼人は晴信と克頼の腰に目を向けた。刀を意識している隼人に、晴信は苦笑する。
「克頼」
「は」
「刀を、預けていこう」
「は?」
「この里では、不要のようだ」
「ですが、どこにどのような者が潜んでいるか」
「かまわないさ」
晴信はさっさと刀を外し、屋敷の壁に立てかけた。
「ほら、克頼」
隼人を鋭くにらみながら、克頼も刀を外す。満足そうに、晴信が頷いた。
「よし。それでは行こうか」
屈託の無い晴信に、隼人の目が丸くなった。
「どうした?」
「ぷ……ははははは!」
豪快な笑いを響かせた隼人が、立てかけられた刀を取り、晴信と克頼に差し出した。
「途中で妙な連中に襲われて、怪我をされちゃあ困る。持っていってくれ」
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