第7話
「だからこそ、信用をしてはならぬのです」
意味が判らないと、眉間にしわを寄せて示す晴信に、克頼はさらに声をひそめた。
「立場をわきまえているという事は、自分の利用価値を理解しているという事です。自分の父が隣国と通じていると白状をするのも、おかしいとは思いませんか」
「それは、この国を憂いているからじゃないのか」
「晴信様はこの国を憂いていながら父君の事を思い、心を痛めておられますな」
問いの言葉を断定的に向けられて、晴信は目をそらした。
「他の者達にそのような事を気取られてはならないと、気をつけておられる事は重々に承知しております。ですが、幼き頃より共に過ごした、この克頼の目はごまかせません。……晴信様。貴方様が父君の事を思うように、栄姫殿も父を思う心があれば、国主に父の謀反を教えられぬのでは」
「それは……」
「あの方が何ゆえ、あのような話をなされたとお考えです」
「それは……だから、それだけ思い極めていたんじゃないか? 俺のように、父上をなんとかしなければ民が危ういと感じたからこそ、意を決して告白をしたんだろう」
「晴信様は甘うございます」
「何故だ。栄殿も言っていただろう。民のためだと」
「それを信用なさるのですか」
晴信は、しっかりと首を縦に動かした。彼の脳裏に、真摯な輝きを放つ栄の瞳が浮かんでいる。あれは嘘や偽りで、人を騙そうとしているものではなかった。
「俺は、彼女を信じる」
克頼は眉をひそめて太い息を吐いた。
「わかりました。では、晴信様はそうなさってください。私は、彼女を疑い尽くします」
「克頼」
「そうすれば、均衡が取れるでしょう」
馬を後方に下がらせた克頼が、晴信の馬前から離れる。もやもやとした心地を顔に乗せた晴信は振り向いた。
凛とした栄の姿が、道の先に浮かび上がる。
「克頼も、いずれわかるさ」
ぽつりとつぶやいた晴信は、馬の腹を軽く蹴った。
* *
栄と彼女の世話をしている侍女以外の、愛妾の館に住まわされていた者や、人質として集められた者たちがすべて出立したとの報告が、晴信の元に届いた。
蘇芳の館にいた者が送り出されるのを眺めた晴信は、手のひらを天に向けて伸ばし、背の
「お疲れですか」
微笑を含んだ克頼の声に、まあなと晴信が答える。
「これほど長く頭と筆を使ったのは、初めてだ」
父を追放してから今日まで、晴信は次々に出てくる案件に追い立てられ、ろくに外出もしていなかった。外に出たと言えば、栄に会いに行った時くらいだ。
「少し、体を動かしたいな」
萌える若さを有した晴信にとって、館の中で重臣たちと顔を突き合わせ、話をしては筆を取るという日々は、忙しくとも退屈だったろう。そう考えた克頼は、彼に提案した。
「それでは、近隣の里へ視察にまいりましょうか」
「視察?」
「ええ。そういう事にすれば、出かけられても、誰も文句は言わないでしょう」
「だが、視察となれば大勢で移動をする事にならないか」
克頼は、策があると目顔で示す。凄みのある無言の笑みに、晴信はたじろいだ。
「父ら重臣の説得は、お任せください。ただし、行き先はこの克頼が決定いたますので、それ以外の場所への出立は叶わぬとご了承ください。事が成るまで、晴信様はいましばらく、館の中でご辛抱を」
「あ、ああ……」
では、と頭を下げて去る克頼の背中を、晴信は少し恐ろしいような心地で見送った。
「頼継は、末頼もしい息子を持って、大変だな」
つぶやいた晴信は、克頼の提案が成ることを思い浮かべ、軽く心を浮き立たせた。
* * *
上天気の空の下、ぽくぽくと平穏な足取りで二頭の馬が進んでいた。高い空に、穏やかな空気に似つかわしい、ふわりとやわらかな雲が浮かんでいる。木の葉にきらめく陽光に目を細め、晴信は久しぶりの外出に心和ませていた。
「克頼と、あと二三人は護衛として着いて来ると思ったんだがな」
「それでは晴信様のお心が、羽根を伸ばせないでしょう」
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