第4話

 かじった晴信は、克頼の怜悧な瞳を覗く。


「克頼は、父上の事を知っていたのか」


 ごまかしは許さないと、透き通った晴信の目が言っている。


「はい」


 短い答えに、晴信は苦しげに目を伏せた。


「そうか。――俺だけが、知らなかったのだな」


「知らせぬよう、父から言われておりました」


「何のために隠していたんだろう」


「それは……。時を、待っていたからでしょう」


「時?」


「晴信様が国主となられるにふさわしい時を」


「元服するまでは、という事か」


 克頼が首を横に傾けた。


「晴信様のお心の事かと」


「俺の、心」


「はい。民の想いを受け止め、それを活かす事の出来るお心を、お持ちになられるかどうかを、失礼な言い方ではありますが、探っていたのではないでしょうか」


 晴信は眉を下げ、力無い笑みを口元に漂わせた。


「俺も父のような気性を持っているのではないかと、危ぶまれていたという事か」


 克頼が目を伏せ、肯定を示す。


「こればかりは、乳兄弟として育った私が違うと言っても、ひいき目があると思われますので」


 わかっていると示すように、晴信は軽く首を動かした。


「違うと判断されたという事か。……判断がつく前に、限界が来たという場合もありうるな」


 晴信の人となりを、訴えてきた里の者たちが知っていたはずは無い。


「おそらく、両方の理由からでしょう」


 克頼の言葉を飲み込むように、晴信は大福に被りついた。押し込むように頬張った晴信の口の端に、餡の粒がついている。大福が詰め込まれた丸い頬の幼さと、大きな瞳に宿る深く暗い憂いの差に、克頼は厳しい顔をした。


「晴信様は館の奥深くで、どのような憂いにも接さぬよう守られておりました。ですがこれからは、今まで隠されていた事柄を、次々に聞かされる事になりましょう。詰め込まれ、租借しきれぬ事も出てくるかと思われますが、こぼれたものは私が示すように致しますので、あまり思い詰めたりなさいませぬよう」


 言いながら自分の口の端を示した克頼が、目元をゆるめた。


「ついてございます」


 餡の粒を取った晴信は、茶に口をつけて笑った。


「飲み込めなかったときの茶の役も、頼めるか」


「むろん」


 穏やかな空気が漂う。克頼はそれを持続させることはせず、気を引きしめて進言した。


「人質や愛妾を帰す件ですが、お一人だけ、残しておいた方が良いと思われる方がございます」


 どういうことだと目を細めて示した晴信に、克頼は軽く頭を下げて言葉を続けた。


「紀和の国との国境にある、村杉の里からの人質です。里長の村杉為則むらすぎ ためのりは、わが国から紀和の国へと民が逃げる手伝いをしているとの情報があります」


「父上の仕置きに堪えかねて、他国へ逃げようとする者を救っている里なら、なおさら人質を帰して誠意を示すべきだろう」


 いいえと克頼は硬い表情で首を振った。


「他国に民を売り、この霧衣の国力を弱まらせ、紀和の国主である佐々道明ささ みちあきの手引きをしようとしておるのです」


「民を売っている……?」


「ええ。紀和の国は流れ者を快く受け入れるという話を流布し、民が逃げたくなるよう仕向けています」


「それは、父上が非道を行うからだろう」


「佐々道明は、上質の瑠璃を採ることのできるこの国を、欲しております」


「村杉の里が紀和の国と隣り合っていたから、結果として紀和に人を逃がす形になっただけかもしれない」


「村杉は信用が置けません」


 きっぱりと克頼が言い切った。


「他の者達は帰しているのに、村杉からの人質は帰さないというのは、おかしな話だろう」

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