第3話

「報告、ですか」


 頼継が探るような声を出した。


「俺は外に出るまで、父上が何をして来たのかを知らなかった。そんな俺が国を治めるためには、まず知る事からはじめなければならないと思う。知らなければ、何もできない。それがどれほど酷なことであっても、受け止めなければならないと思うんだ。父の事を訴えてきた者たちは、俺がどんな人間かを知らなかったはずだ。父のように簡単に手討ちにする者かもしれない。そんな不安を抱えながらも訴えてくれた彼らに応えるためには、しっかりと現状というものに向きあわなければならないだろう」


 あちこちから「ご立派な」という声が上がった。


「だから、どれほど悲惨な状況であったとしても、遠慮なく、ありのままを俺に伝えて欲しい。送り届けた先の里で、どんなふうに使者が受け入れられたか。生活状況はどういう具合なのかなどを、つぶさに調べて帰ってきてくれ」


「人選はなかなか難しいですな」


 期待を滲ませた頼継に、晴信は笑いかけた。


「俺は家臣の全てを知らない。人選は頼継、義元、兵部の三名に任せるが、かまわないか」


「承知いたしました」


 頼継が頭を下げ、他の者たちもそれに習った。満足げに彼らを見渡した晴信が腰を上げる。


「では早速、文を書くことにしよう」


 * * *


 去る晴信の後に克頼が続くのを、家臣たちは平伏したまま見送った。


 私室にこもって黙々と同じ文面を書き続けていた晴信に、茶と大福を持った克頼が一息つくよう勧めた。


「同じ文面ばかりを書き続けては、気も疲れるでしょう」


 ほんのりとした笑みを浮かべる克頼の気遣いに、晴信は筆を置いて伸びをした。


「だが、今日中には文を書き上げてしまいたい。やることは次々と出てくるだろうからな」


「急いては事を仕損じるとも申します」


「正直、休憩の機会を見つけられなくて、困っていたところだ」


 克頼が全てを見通していたかのような顔で、茶と大福の乗った盆を晴信へ差し出す。晴信は湯飲みを手にし、茶をすすって肩の力を抜いた。


「父上の心は、病んでいたのだろうか」


 書き終えた文に目を向けた晴信の言葉の先を、克頼が無言で促す。


「国内すべての里から人質を取り、誘拐まがいに見目の良い娘を愛妾として連れ帰る。手向かう者は、ささいな事で斬り伏せられる。そんな国主なら、恨まれて当然だな」


 深く太い憂いの息が、茶を揺らした。


「晴信様」


「父上とはそれほど面識があるわけではないが、聞けば聞くほど人の所業とは思えない」


 眉根を寄せた晴信に、克頼が大福を示した。


「甘いもので、少し気を楽になさいませ」


「ありがとう、克頼」

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