空を見上げた話

西氷庫

はじまり

「美咲!遅くなってごめん!」

「もう、何時間待たせるのよ…」

下駄箱から勢いよく走ってきて、軽く頭を下げた彼女を見咎めながら私は読んでいた本を鞄にしまった。

「いやぁ、中々話が終わらなくてさ…」

彼女は頭を掻く素振りをして困り笑いをした。

「また、例の話?」

「うん…やっぱり私の成績だと駄目かもしれないって。」

「観月ならなんとかなるって、まだ2年生の9月だし推薦じゃなくでもセンターとか一般入試とかあるしさ」

「励ましてくれるのは有難いけど…」

そこまで言って彼女はうつ向いた。

校門を出てもまだうつ向いたまま歩く彼女をなんとか励まそうとしたが無駄だった。

9月も終わりに近づき、すっかり夏めいた青い空は秋の澄んだ空に変わり始めていた、アブラゼミやミンミンゼミの鳴き声はぱったりと無くなり、ヒグラシのか細い鳴き声だけが聞こえているだけ。それも終われば本格的な秋の到来だろうか、と考えていると。

「美咲と同じ所に行きたいんだ。」

か細い声で観月はうつ向いたまま言った。

「えっ」

私は黙ったままの親友がいきなり喋った事と喋った内容の2つに驚いて声を上げた。

「美咲は国立大を受けるんでしょ?私の学力じゃ到底無理だし。」

「じゃあ私が観月と同じ大学に…」

「それじゃ駄目!私の行ける大学なんてたかが知れているし、美咲の人生を私の人生のために無駄にしたくない!!」

うつ向いた頭を上げ私の方を向いた彼女は大声でそう叫んだ。

「美咲は親から期待されているんだし、私なんかよりも自分の人生を考えてよ!私なんかの…私なんかどうすればいいのよ…」

「観月…」

観月をなだめようとした矢先、空から突風と大きな轟音が響いたため、私達はスカートを押さえながら音の鳴り響く空を見上げた。

そこにはUNASF(国連航空宇宙軍)の再使用型往還機SSTOが飛行機雲を引きながら轟音を上げぐんぐんと秋空に飲み込まれるように上がっていっていた。

「お父さんが乗っているのかな…」観月が呟くと。

「月面を爆撃しに行くならそうかもしれないけど、多分あれはただの輸送用の往還機ね。」私は独り言のように答える。

前に観月のお父さんはこの町に基地を置く国連航空宇宙軍で働く往還型爆撃機のパイロットだという事は彼女自身から聞いていた。その時、彼女は私に「いつかお父さんが帰って来なくなるんじゃないかと思ってる。」と静かに話してくれた。

そんな彼女の心配をよそに月面での「コンコルド作戦」が成功し、国連軍の勝利に傾いてからは地球から月面を往還して爆撃する所謂「アポロ・エクスプレス」の回数が減った事はミリタリーマニアではない私も知っている情報だった。

「ああした輸送機なら私も乗れるのかな…」

「戦争が終われば民間人でも乗れるようになるかもね。」

「そうじゃなくて…私でも操縦出来るかなって…」

「人種や性別に関係は無いから、国連軍の航空宇宙学校を出ればなんとかなるだろうけど…まさか。」と私が観月の方を向くと

「美咲も大学出たら航空宇宙関係の職に就くんでしょ?それなら私達どこかで会えるかも!」観月は今さっきまでの事なんて無かったかのように私の方を向いて笑った。

実際、私は得意科目が理数系という事と、研究機関で働くの両親の影響で宇宙に対して興味があったため、大学を卒業したらそっち方面に行くかもしれない、という事は観月にも話していた。

「…そうしたら、また一緒だよ!」彼女は笑顔のまま付け足すように言った。

私は正気か?という目で観月を見たが、ふと考えたのち彼女と一緒に笑った。

それから、仄かに金木犀の匂いのする風を受けながら、二人で夕暮れの秋空をもう一度見上げ

「いつかまた会おうね」

「うん、また一緒に」

「私がパイロットになったらを宇宙に連れていってあげる!」

「はは、安全運転で頼むわよ…」

そうして二人でまた笑いあった。


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空を見上げた話 西氷庫 @fusimi501

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