第一話 入学式で

 

「なーにここ、ものすっごい大きいのだけど」


 俺は目の前の大きな建造物に度肝を抜かれた。

 どこまでも広がる煉瓦の壁、明らかに大きく作りすぎた鉄格子状の門。

 それは明らかに、学園なんていうものに収まるものではなかった。

 え、なに、これが校舎なの?

 どっかの王族の城とかじゃなくて?


「おい! そこの新入生! 入学式はもう始まっているぞ! 早く来い!」


「は、はいっ!」


 突然野太い女性の声がしたかと思うと、グイッと腕を引っ張られた。

 俺は反射的に返事をしてしまい、なすがままに校舎へと連れて行かれる。


「おい、お前。名前は?」


「な、名前っ!?」


「早く言え、所属がわからん」


 んなこと言われてもなぁ。


「さ、田中智昭たなかともあきです! あれっ!?」


「そうか、お前がタナカか。へぇ……」


 いや、田中って誰だよ!

 不意に出てきたけど、なんだこれ。

 もしかしてあれか、あの女神俺に名前でも与えたのか?

 そんなこと考えていると、先生と思われる女性が足を止めた。

 女性の目線の先には大きな扉が。


「着いたぞ、ここが入学式の会場だ。さっきも言ったが、もう式は始まっている。静かにな」


 女性は俺を頭を撫でると、口にタバコをくわえてどこかへ去ってしまった。

 あ、お礼を言ってない。

 ま、先生ならいずれ会うことにだろう。

 その時に言えばいいさ。


「さて、行くか」


 扉の先からは、どこかで聞いたことのあるような声が聞こえてくる。

 緊張しているのだろう、それもしょうがないさ。

 なんてたって入学式だからな。


「失礼しまーす……」


 俺はそっと扉を開き、そろりそろりと会場に入る。


『私達はこの学園で先輩方と共に歩んで行きたいと思っています。学園の為に骨身を尽くさないことをここに誓いたいと────』


 壇上では、銀髪で起伏の乏しい肢体の美少女が……いや、美少女の姿をした女神が朗らかにスピーチをしていて……。

 はっ?


「はあああああああああああああ!?」


 目の前の光景に、俺は叫ばずにはいられなかった。






 ◇







「入学初日に遅刻! そして入学式での奇行! 一体どういうつもり何でしょうかね! 初日だから説教で済ましますが、次何か起こしたらバツを与えますから! わかりましたか!?」


「はい、すいません。反省してます。以後気をつけます。はい……はい……ホントすいません……」


 生活指導室にて、俺は初っ端から先生にキレられていた。

 入学式で叫んだあと、その場で数人の先生に押さえつけられて現状に至る。


「本っ当にすいませんでした! 失礼します!」


 俺は力強く頭を下げ、精一杯に謝罪の気持ちを伝えると逃げるように教室をあとにしたのだった。


「初日から災難だったですねー。ねっ? 田中智昭君?」


「黙れまな板。というかどうしてお前がここにいるんだよ」


 適当に歩く俺の後ろにちょろちょろと付きまとう疫病神は、無言に耐えかねたのかあろうことか煽ってきやがった。


「あらあら、入学試験でトップの成績を収めたこの私にそんなこと言っていいのかしら。んん〜? 最低ランクのワーストの癖にー」


「うるせー! 元はと言えばお前がそんなに成績に設定したのが悪いんだろうが!」


「えぇー、私のせいにするのー? 貴方が言ったんじゃない、成長したいって。自分の人生は自分で変えてやるって。だから私はそれに合わせた能力を与えただけよ。文句を言われる筋合いはないわ」


 そう、先ほど渡された成績表見た結果、俺は入学試験どころか小中全ての成績が最底辺となっていたのだ。

 目の前のクソ女神は最高ランクAなのに対して、この俺は最底ランクF。

 渡された成績表にはコメントで。


『よくこの学園に入れましたね、留年しないように頑張りましょう』


 なんて書かれていた。

 ふざけんなし。

 いや、成長したいとは言ったけどさ。

 まさか最低ランクからの下克上的な成長だとは思ってなかったよ。

 それはそれで楽しそうであるけれども、もっとこうなんか欲しかった。


「はぁ……もう今日は疲れた。寝たいから寮まで案内してくんない?」


「あら、女神様に頼み事するなら頼み方ってものがあるんじゃない?」


「じゃあいいよ、パンフレット見ながら一人で行くから」


「ああっ! 待って! 置いてかないで! 置いてかないでください!」


 一人で行こうとする俺の後ろを、置いていかれまいと女神はバタバタついて来るのだった。








「ここか……」


 第三学生寮の707号室。

 よし、渡された成績表通りだ。


「失礼しやーす」


 パンフレットには二人一部屋と書かれていた。

 ということは、もう先にルームメイトが中にいる可能性があるのだ。


「って、誰もいねーや。あ、でも荷物はある」


 部屋には先に来たと思われるルームメイトの荷物が床に散乱しているだけで誰も居らず、ふたつのベットが佇んでいるだけだった。

 床に転がる荷物はどう見ても女物で、つい俺は静かにガッツポーズを決めてしまう。


 まじかまじかよまじなんですかー、まさかの女の子と同居生活ですかー。

 最高じゃないですかー、やだー。


「あっ、すいません荷物が散らかってて」


「へっ?」


 言いながら、床に散らばる物をせっせと鞄に仕舞う女神。

 えっ、今こいつなんて言った?


「えっ、待って。それってお前の荷物なの?」


「そうですけど?」


「なんでお前の荷物がここに?」


 俺は若干震え声で女神に尋ねる。

 いやまさかな、こんなのと三年間とかありえないよな。

 部屋を間違えたとか、きっとそういうことなのだろう。

 頼む、そうだと言ってくれ。

 そんな俺の気を知ってか知らずか、女神はおもむろにベットに座ると言い放った。


「自己紹介がまだでしたね。私の名前はルカ・メロディアス。貴方のルームメイトで元女神です。今日からよろしくお願いしますね、トモアキ」


 女神ことルカはそうやって名乗ると、出会ってから一番の笑顔を見せた。

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