case 3
恋愛は数学と似ている。
計算すれば答えの出るものが多い。絶対ではないがある程度の法則・公式・確率論が存在していると思う。それに加えて各々が性格・ルックス・世間的な地位・経済力など様々なファクターから自分だけの基準を設定する。謂わば最大公約数的なものだと思う。そう考えるとやはり数学と似た側面はあるのだろう。
これまでの経験から自分の中での理想像のようなものはぼんやりと固まってきたつもりだった。それでも、どんな人を、いつ、どんな風に好きになるかは本人にもわからないのだとつくづく思う今日この頃だ。
友達と紅葉を見に近くのスポットに出かけた時のことだ。
登山の経験があまりなかった私たちは紅葉で有名なスポットの中で初心者でも気軽に登れる山をチョイスした。別に山に登らなくても良かったのだが、日頃の運動不足を解消しようということで山ガールになることにしたのだ。
当日。
到着すると沢山の人で賑わっていた。早速友達と頂上を目指して出発した。
山一面に赤や黄色が広がる。鳥のさえずりや草木が風に揺れる音、様々な自然の囁きが私たちを日常から切り離す。
来てよかった。素直にそう思った。
先月付き合っていた彼とお別れをした。
一目惚れだった。顔がどんなに好みでも結婚はできないんだなと実感したいい経験となった。
最初は色々我慢しようと頑張っていたのだが、1年ももたずに終わりを迎えた。その日から次はもっといろんなことを考えて慎重に恋愛を進めようと心に誓ったのだ。
そんなことがあったからなのか目の前に広がる景色が鮮やかに眩しく目に映る。
いつか大切な誰かと一緒にまたここに来たい、そう思った。
頂上にたどり着いた時には程よい疲労感を伴っており、それがまた格別な達成感をもたらした。
体力のない私は途中で休憩を挟み、友達には先に行ってもらっていたので頂上で合流する予定だった。
友達を探しているとスケッチブックに絵を描いている人がいた。私は後ろからスケッチブックを覗き込んだ。
水彩絵の具で描かれた目の前に広がる景色は淡く穏やかな色味で線も柔らかく、見た人の心をそっと包み込むような1枚だった。
私の目からこぼれた雫がスケッチブックを滲ませる。
「ご、ごめん、なさい。」
声が震えて変なところで言葉が区切られてしまう。
男性は少し困ったような顔をして私の様子を伺っている。
「いい景色ですよね。」
何も聞いてこない男性の優しさに溢れた涙で視界が滲む。
「とりあえず、座りません?疲れたでしょ。」
そう言ってベンチの端に寄って私の座るスペースを開けてくれた。
「ありがとう、ございます。」
声を殺し泣く私。絶対変な人と思われてるなこれ。
男性の方を見てみるとむせび泣く私の隣で黙々と絵を仕上げている。髪の毛はボサボサ。眼鏡のレンズは分厚く極度の近眼なことが伺える。一重で、少し爬虫類を彷彿とさせるような目付きの鋭さ。
その瞳がこちらを覗く。
初めて目があった。
ドキドキした。
「これ、どうぞ。」
スケッチブックから切り離された1ページを渡された。それは先ほど彼が描いていた絵だ。
私の涙が垂れたところに小さな私のデフォルメされた似顔絵が描き加えられていた。ちょうど私が滲ませたところに水色の涙の雫が描かれたかわいらしい泣き顔が落書きのように付け足されている。
「いいんですか?それに折角キレイな風景画なのにこんなの描いたらもったいないですよ!」
「ありがとうございます。でもいいんですこれで。私は描きたいものを描いているだけなので別に売ったりしているわけではなく趣味の範囲なので。だから受け取ってもらえると僕も嬉しいんですがどうでしょう?」
こうしてくれと言うような言い方は一切しない。最終的な判断は相手に委ねるようなしゃべり方。彼の性格が滲み出ているようだ。
この人のことをもっと知りたいと思った。年齢、性格、好きな色、好きな食べ物、それから…とにかく全部知りたい。
あんなに慎重に恋愛は進めようと思ったのに…私ってバカなんだな…
絵を受け取りながらそんなことを思った。
「ありがとうございます。あ、あの、私の話聞いてもらえますか?」
「構いませんよ。僕でよければ。」
男性はにっこりと微笑み答えてくれた。
貴方がいいんです。ありがとう。
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