case 4

 大学受験。この時期が近づくと受験生の全員が神経質になる。しかし、その例外も少なからずある。そう、推薦合格者だ。そして俺、飯田真也もその一人である。

 県内でも上位の学力レベルを誇るうちの学校には有名私立大学の指定校推薦が存在する。校内の審査を通過し受験資格を勝ち取れば、ほぼほぼ合格したようなものである。俺は東京の私大を受け年内に合格通知を受け取った。

 他の生徒がピリピリとしている中、合格組は他の生徒の邪魔にならないようにある期間まで朝礼が終わると別の教室で読書などをして待機するようになっていた。もちろん放課後も勉強で誰も相手をしてくれず、学校が終われば家でゲームをするくらいしかやることがなかった。


 受験生と合格者の温度差は自分の想像以上だったのだ。大学の一般入試を経験した人にしかわからないものがあるのだろう。受験生の仲間意識の強さは異常だと思った。そうした様々な要因が絡み、合格から約1週間後。俺は彼女にフラれた。彼女は受験生だった。そういうことだ。


 そんな退屈な毎日を過ごしていると親友の彼女から一緒に帰ろうと誘われ、断る理由もないので二人で帰ることにした。


「勉強しなくていいの?いっつもヒロと一緒に図書室で勉強してたじゃん。」

「あーまぁその事でちょっと相談がねー」

 学校の近くに住む彼女の家までとりあえず送って帰ることにしたのだが、不穏な空気を悟る。

 相談を持ちかけようとする彼女は石神静。俺の親友石田広明の彼女だ。


 うちにヒロが泊まりに来たときに石神さんのことが好きになったという話を聞いてから感づかれない程度のそれとないサポートをしつつ二人を応援していた。その俺としては彼女の話の切り出し方から嫌な想像をしてしまう。

「とりあえず公園寄ってこうよ。」

 彼女は寄り道を提案してきた。話は長くなりそうだ…。


 公園のベンチに腰かけ、話の続きを促す。

「まぁあれよ。ちょっともう限界かと。」

 限界…ねぇ…。これはたぶんもうダメだろうな…。

 自分がフラれた時に学んだが女子は一度そう思うと考えを変えることはほぼないと思う。相談といいつつもおそらく答えは出ていてその答えは簡単には覆らない。そう思いながらも話を聞いてみる。

「で、なにが?」

「受験のストレスとかプレッシャーとかでけっこう一人になりたい時があるんだけどヒロはそうじゃないみたいでなるべく二人で勉強したいらしい。電話とかラインとかもちょっとでもやりたいらしんだけど私は全くでさーそれが最近ちょっとストレスに感じてきちゃって…」

 相談相手間違ってんだろ…。ヒロ…お前は俺かよ…。一月前の俺を見ているようだった。だからこそ自分と重なるヒロを何とかしてやりたいと思った。なにより二人には別れてもらいたくない。しかしなぁ…なんって説得すればいんだよこれ…。

「とりあえずすぐに答えを出すのはやめなよ。受験が終わればこの問題は解決する訳だしさ。今別れたら後から後悔するかもよ。」

「たしかに…。」

 なんの解決にもなっていない。問題を先送りにしただけだ…。それに彼女は限界と言ったのだ。そんな簡単に越えられるものじゃない。またすぐに気持ちは崩れるはずだ。

「まぁ俺暇だし家近いっちゃ近いしなんかあれば話聞くからさ。とりあえずもうちょい考えてみなよ。」

 これが最初のミスだ。

 次の日から彼女はヒロでなく俺と連絡を取るようになっていた。

 断続的に相談を受けひと月が過ぎた頃、石神さんから電話が来た。


 時刻は22時前。

「どしたー?」

 眠気を払いのけつつ問いかけたが返事はない。電話の向こうからは押し殺したような泣き声がかすかに聞こえた。その向こうに車が通るような音も聞こえ彼女が室内でなく外にいることがわかった。

「今どこ?」

「こ…えん。」

 ダメだ。聞き取れない。泣いてて話せない状態だなこりゃ。

「落ち着いて。深呼吸しなよ。はい、吸ってー、吐いてー、もっかい、吸ってー、吐いてー。…今どこ?」

 なるべく穏やかな声を作る。

「公園。」

 消え入りそうなかすかな声を今度は聞き取れた。

「今行く。」

 短く答えすぐに電話を切り自転車をとばした。


 いつものベンチに彼女を見つける。いつもの元気はない。

「こんばんは。」

 なんて声をかければよいかわからずとりあえず挨拶してみる。こんな時間に会うのは初めてだ。

「落ち着いた?」

 質問に彼女は首を縦に振る。

 かける言葉が未だに見つかっていない。隣には座らず彼女の前にしゃがみこむ。彼女と目が合う。

 腫れた目を見せまいと更に下を向く。

 いつも明るく元気な石神さん。こんなに弱ったところを見るのは初めてだった。泣いて落ち込む彼女には悪いがその顔をもっと見たかった。

 言葉にすればチープだが、弱った彼女を見て俺はこの時初めて【かわいい】と思ったのだ。詰まるところ惚れたのだ。


 結局この日は特に会話はなく彼女の「ありがとう。もう大丈夫。」という言葉を聞き家まで送り届け解散となった。


それからちょくちょくラインや電話のやり取りをしつつもなんの展開もなく卒業式を迎え、俺の制服は第2ボタンがなくならないまま今もタンスの中で眠っている。


 引っ越しの準備を進めていると電話が来た。

「引っ越す前に遊びにいこうよ!観たい映画もあるし。」

 ヒロに後ろめたい気持ちもあったが上京前の最後の思い出作りだと思いこの誘いを受けることにした。


 当日、もしかしたら告白されるのではないかとソワソワしたが結局何もなく今しがた彼女を家に送り届けたところだ。


 1人肩を落とし家路につく。すると1通のメールが届く。

『今日はありがとう。大学でもがんばれ!おやすみ。』

 またかよ!いい加減にしろよぉ…こんだけ弄ばれたのも久しぶりだな…

『お互いがんばろう。おやすみ。』

返信を送ろうとして手を止めた。再び本文編集画面を立ち上げ、一文を追記し送信した。

 すぐに電話がかかってきた。

「あ、あのさ、さっきのどういう意味?」

 俺が追記した文章はこうだ。

『次に進むときは俺も候補に入れといて!』

 もうやけくそだった。どうせしばらく会うこともないだろうしと思い捨て台詞的に送ったつもりだったがすぐに電話がくるとわ…

「なんかさ、好きになっちゃったみたい。」

 ごまかさずに気持ちを伝えた。

 数秒の沈黙が受話器からこぼれる。このまま電話を切って逃げようかと考えていると彼女の答えが返ってきた。

「実は私も…。ホントは今日告白しようと思ってたんだけど勇気でなくて…。」

 無言のままガッツポーズをする俺がいた。なにかしゃべろうと考えていると彼女が先に口を開く。

「あのね、大好き。」

 途端、電話は切れてしまう。

 脳が溶けた。そしてそのまま動けず立ち尽くしていた。


 吐く息は白く、凍てつく空気は肌に刺さる。

 0度近い寒空の下、体温はどんどん上昇しているように感じる。熱くて仕方なく、俺は上着を脱ぎ夜の道を1人駆け出した。

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