第3話 頭に響く名前

「そろそろ日が暮れるね、今日はここまでにしておこうか」


暗くなったら仕事を止めて、明るくなったらまた始める。皆さんに紛れていたから、私は何も気にしていなかったけれど、冷静に考えれば、この村には時計がない。時間という概念があっても、今が何時だなんて分からない。でも、何も困らなかった。ここでは太陽がすべてで、お日様の動きでこの村の動きが決まっているから、時間と関わってはいるけれど、支配されているというより、共存しているって感じ。時間に抗わず、ただ準ずる。きっと、それができるってことは、結構幸せなんだろうなって感じる。この村の皆さんは、ごく普通のことだろうけど。


「これはね、高床式倉庫って言うんだ。アタイたちは米が不作だったとき、ここに保存しておいた米を食べるんだよ。だからとっても重要な場所なんだ。そこを鼠とか動物から護るために、柱で底をあげてるってわけ」


郷に入っては郷に従え。まさにこのことだと思う。

高床式倉庫は知っている。昔習った事が有るから。記憶喪失とはいっても、一般常識は身についているみたいだ。そんな歴史の教科書で出てくるような建物が、まさか私の目の前に出てくるとは、夢にも思っていなかった。さしずめ、タイプスリップしたって表現が、一番しっくりくるかもしれない。縄文時代か弥生時代か、そんな時代まで遡ったみたい。でも、言葉は通じるし、古風でもないから、やっぱりここは現代だってことは疑いようはないのだけれど。


「みくるちゃんはしっかりしてるねぇ。コハルとは大違いだよ。みくるちゃんの爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいよ」

「聞こえてるんだけど、アラレ?私の方がみくるより年上なんだから、私の方がしっかりしているに決まってるでしょ!」


日照雨さんとアラレさんは、会うたびに口喧嘩、って言ったら大げさだけど、言い合いをしている。大概日照雨さんが負けているんだけど。どうやら、この村では日照雨さんが一番若いみたい。多分、この村は村の人たちが家族みたいなものだろうから、日照雨さんが一番下の妹ってことなんだろう。だからきっと、私に妹になってほしかったんだろうし。


家族っていいな。仲間っていいな。

男性も女性も、年齢も何も関係なく、分け隔てなく気を張ることなく、皆で和気あいあいと暮らしている皆さんを見て、私は思う。そんな人たちの輪に入れることを、今、とても楽しいって思えている自分に、嬉しくなってくる。


住めば都。この村を都とすることに何の疑いもない私の生活は、あっという間に四季が一巡するほど過ぎて行った。


* * *


この新しい生活ももはや新しいとは呼ばなくていいほどに慣れてきて、私はいつも通りに朝早く起きて食糧の調達にでも出かけようとしていた時だった。


「久しぶりだな、みくる」

私は見知らぬ男性に話しかけられた。


「えっと・・・?」

厚着のコートを着て両手をポケットに入れている。そこまで若くないけれど、かといって年寄り、というわけでもない。30半ばくらいだろうか。

「あの、どちら様ですか・・・?」

まったく思い出せない。


「水無涙だ」


「みずなし、るい・・・?」

あれ、この名前、どこかで聞き覚えが・・・。

「まったく、か」

「・・・?」

どういうことだろう・・・。

「あの、あなたは私と知り合い、なんですか?」

「ああ、そうだな。良く知っている。俺は━」


「みくる、何してるの?」


その男性が何かを言おうとしたとき、丁度、日照雨さんがやってきた。

「あっ、日照雨さん、実は今・・・」

「・・・!?離れてっ、みくる!」

私が彼を紹介しようとする前、二人が対面した瞬間に、日照雨さんは大声で叫び私を背中に隠す。

「え、日照雨さん・・・?何を・・・」

「何者だ、あんた・・・」

日照雨さんはすごい剣幕で彼を睨みつけた。

「急に何だ?俺は怪しい奴じゃない」

「怪しい奴はみんなそう言うよ。それに、この村以外の男にろくな奴はいないって相場は決まってる。どうせあんたもそうなんだろ?」

「心外だな。初対面の人間にここまで瞬間的に拒絶されたのは初めてだ。俺はみくるの友人だ」

「本当なの?みくる・・・」

「わ、分かりません・・・。悪い人の気はしないけど、何も思い出せなくて・・・」

「だそうだ。残念だったな、これじゃああんたをみくるの友人だと認めるわけにはいかない。さっさと出ていきな」

「やれやれ、凶暴なことだ」

「この村は今平和なんだ。外から異分子が入ってきて乱されちゃあ困る。あんたが本当にみくるの友人だったとしても、もしこの村に害を及ぼす可能性が1%でもあるのなら、アタイはあんたに気を許すわけにはいかない。それに、みくるはもはやこの村の一員だ。大事な仲間だ!お前なんかお呼びじゃないんだよ!」

私は何も言えなかった。彼が敵なのか味方なのか、今の私には全く分からなかったから。

「ふん、哀れな。まぁいい。俺の用はすぐに終わる。みくる」

「は、はい・・・?」


長内おさない之成ゆきなりは生きている」


「え・・・?」

之成さんって、確か・・・。

「あ、うぁっ・・・」

「み、みくる・・・っ!?」

ずきんっ・・・。

いた・・・っ。きゅ、急に、頭痛が・・・。

こ、この人、一体、誰・・・?う、記憶が、何か、思いだせ・・・そう・・・。

「じゃあな」

私は頭を抱える。

「あぁぁぁああああ・・・」

あ、頭が、痛い・・・!!

「みくるぅ!!」


* * *


「・・・あれ・・・」

私はぱちりと目を覚ます。ふと隣を見ると、日照雨さんが近くで寝息をたてていた。・・・私の看病、してくれたのかな・・・。そっか、私、あのまま、気を失ったんだ・・・。


「・・・之成さん、か・・・」

そうか、思い出した。・・・やだな、あんなに大事に思っていた人のこと、忘れちゃうなんて・・・。


崩れ行く塔の中、私を救ってくれた、之成さん。

いつもいつも、私を助けてくれたのに・・・、結局、私は何もできなかった。

もう駄目だと思った、もう、彼は生きていないと。

でも、生きているのなら、ほんの少しでも可能性があるのなら。


今度は私が助ける番だ。


「・・・うぅ、みくる・・・」


ふふ、寝言なんて、可愛いですね・・・。

私は日照雨さんの寝顔を、悲しげに見る。


・・・そう、もう一つ分かったこと。


日照雨さんと、別れなければいけない、ということ。

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