第4話 ずるい
「おはようございます・・・」
「あ!みくる、大丈夫!?急に倒れちゃって心配したんだよ?」
「はい、すいません・・・。ちょっと、頭痛がひどくって・・・」
「頭痛、って・・・。もしかして、記憶が・・・」
「はい、全部、思い出しました・・・」
「本当に?良かったじゃない、みくる!やっと全部思い出したの?」
日照雨さんは、自分のことのように喜んでくれる。
「はい・・・」
「ちょっとどうしたのさ。せっかく記憶が戻ったなら、もっと喜ばなきゃ」
「それはそうなんですけど、実は、私、明日にはここを発とうと思います・・・」
「えっ」
日照雨さんは鳩が豆鉄砲を喰らったかのような顔をする。
「え、あ、明日?そ、そんなに早く・・・?」
「私、やらなきゃいけないことがあって・・・。出来るだけ早い方が良くて・・・」
「あ、そ、そうなんだ・・・。じゃ、じゃあ、今日はご馳走作らなきゃね!明日出て行っちゃうなら・・・」
そう言って日照雨さんは背中を向けて家に戻る。そんな彼女を私は物悲しく見つめる。ありがとうございます、日照雨さん。こんな私の別れに、動揺してくれて。
本当に、ありがとうございます・・・。
* * *
日照雨さんはいつも通りに振舞っていた。
夕食は確かに豪華で、いつも美味しいけれど、それよりももっと美味しそうで。
でも、味が分からない。
何でかな、美味しいはずなのに、まったく味がしない。
「どう?美味しい?」
「はい、とっても」
私は嘘をついた。私がいつも通り振舞わないわけにはいかない。
「よし、アタイも食べ・・・」
カランカラン・・・。
彼女の右手が箸を取り損ねる。たった二本の棒きれが、彼女の手をすり抜ける。
「あっ、ごっ、ごめんごめん。アタイとしたことが・・・」
日照雨さんは取り繕ってすぐに箸を拾う。そんな彼女を見て、私の心に何か突き刺さる。
* * *
いよいよ寝る時が来た。
あれ?何で私“いよいよ”なんて思ってるんだろ・・・。
答えが分かりきっている疑問を頭に浮かべていると、日照雨さんが私の名を呼ぶ。
「ねぇ、みくる・・・」
「はい?」
「今日はさ、同じ布団で眠らない・・・?」
「・・・はい」
奇遇ですね、私も今日は、いっしょに寝たかったです・・・。
いつもは二人で別々に寝るけれど、今日は、今日だけは、同じ布団で寝る。
可能な限り、体を近づけて。
「どうだった、みくる・・・。ここでの生活・・・」
日照雨さんは小さな声で聞いてくる。その声に、いつもみたいな活発さは宿っていない。
「楽しかったです、とても。自分のことすら何も分からなかった私を、ここのみなさんは、日照雨さんは、受け入れてくれた。私のもともとの生活とは全く違う生活だったけれど、とても、楽しかった・・・」
「そう・・・」
嫌だな、つい、しめっぽくなっちゃう。思い出を語るって、何か、寂しい・・・。
「ねぇ、みくる。いいんだよ?ここにいても・・・。記憶は戻ったけれど、それでも、ずっとずっとここにいていいんだよ?アタイたちみんな、大歓迎なんだから」
「日照雨さん・・・」
彼女はちょっとだけ大きな声を出す。そうだな、確かに私も、もし記憶が無かったらずっとここにいたかっただろうなぁ。それくらい、楽しかった。でも。
「ありがとうございます。私もできればそうしたいかもですけど、でも、私は思い出したんです。私がするべき、役目を」
「そっか・・・」
まただ。また日照雨さんは、寂しそうな声で返事をする。
「あ・・・」
ぎゅっ。
日照雨さんは私の手を強く握りしめてきた。まるで、どこにも逃がさないかのように。
「・・・アタイね、この村では一番若いんだ。今までずっとここでは一番下の子供で、正直、アラレみたいに物事の分別もあんまり分からない。アタイってここではずっとみんなの妹みたいで、それも嫌じゃなかったけどさ、あの日、みくるがここに来たとき、ホントはね、すっごく嬉しかった。みくるは大変な目にあったかもしれないのにアタイは喜ぶのは不謹慎だとは思うけど、それでも嬉しかったんだ。私に妹ができたみたいで。ふふっ、それでもお姉ちゃんって呼ばれるのは、慣れなかったけどね」
止めてください、日照雨さん。
そんな湿っぽく、自分の想いを告げないでください。
さっきまでみたいに、自分の気持ちを我慢して、動揺しててください。
じゃないと、私、出て行きづらくなっちゃうじゃないですか・・・っ。
「アタイ、ホントに楽しかった。この村の生活が嫌だなんて思ったことはないけれど、それでもみくると過ごした日々は、毎日が刺激的で、今まで生きてきた中で最高に面白かった」
良かったじゃないですか、最高に面白かったのなら。
私も嬉しいですよ、そんなふうに思ってくれているのなら。
ホントに楽しくて、最高に良かったのに、どうしてあなたは、泣いているんですか・・・っ。
「アタイ、ずっとずっとこの生活が続くんじゃないかって思ってた。みくるの記憶が戻らなかったら当然だけど、例え戻ったとしても、みくるはここにいてくれるんじゃないかって思ってた。へへ、勝手だけどね・・・」
どうして私は、こんなに辛いんですか・・・っ。
「一番の思い出は、同時に、一番つらい思い出にも成り得る・・・。やっぱりアタイって頭悪いからさ、そんなことにも気づかなかったよ。別れが来て初めて、気づくなんてね・・・」
日照雨さん・・・っ。
「行っちゃうんだよね・・・?みくる・・・。アタイのもとから、いなくなっちゃうんだよね・・・?」
唇をふるふると震わせながら、体を小刻みに揺らしながら、彼女は私に確認する。
涙は決意を鈍らす。辛いのは私も同じだ。だから、私は泣かないって決めていた。泣かずに別れようって決めていた。
それなのに。それなのに。
もう、むりだよぉ・・・。
「う、うぅ、ずるい、ずるいよぉ、お姉ちゃん・・・っ。お姉ちゃんは私よりも年上なんだから、笑顔で見送ってよぉ・・・。じゃないと私、わたしぃ・・・」
「・・・!そっ、そんなこと、言わないで・・・っ。アタイ、全然分かんないっ。こんなとき、どうすればいいか、分かんない・・・っ」
「「ううう、う、うぇぇぇぇぇぇん!!!!!!」」
私たちは泣いた。
二人で一つの布団に入って泣いた。
二人で身を寄せ合って泣いた。
私も今朝まではこの生活が終わるなんて微塵も想像していなかったし、むしろこのままずっと続くとさえ思っていたのに、終わるのはいつも突然で、そして、いつも辛くてたまらない。
私たちは泣いた。いっぱいいっぱい泣いた。
泣き疲れたのかな、体から力が抜けていく。
「お姉ちゃん・・・」
「みくる・・・」
私たちは涙にいろんな気持ちを乗せて外に出したことで、少し落ち着いたのかもしれない。息を整えて、お互いのことを呼ぶ。
「おやすみ・・・」
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