第5話 逃げて

朝。

私の出立の日。


「うぅん・・・」


私は物音で目が覚める。ふと気づけば隣に誰もいない。


「日照雨さん・・・」

「あ、お早う、みくる」


ここに来てから随分と朝を早く起きるようになった私だったけれど、それでいても今日はまだ早い。


「ちょっと待ってて、もうすぐ準備できるから。みくるは、朝の支度済ませてをおいて」


今日は最後の“いつも通り”。私は素直に従った。


日照雨さんが用意した朝食をいただく。いつもよりも、ちょっと焦り気味に。もっとゆっくりすればいいって、もっとゆっくりしたいって思うけど、長く居座れば居座るほど、多分、ここから出るのが困難になっていくから。


「おごちそうさまです」

「お粗末様」

「私、そろそろ・・・」


私はもごもごと口を開いた。もうちょっとだけ、と日照雨さんも時間を引き延ばしたりしなかった。日照雨さんも、私の気持ちは分かってくれている。


「あの、皆さんには・・・」

「いいよ、まだ朝早いし、みんなにはアタイから言っておく。きっと悲しむだろうし、みくるの気持ちを邪魔したら悪いから・・・」

「でも・・・」


村長をはじめ、今までずっと世話になってきた村民に、何も言わずに出て行くなんてことはしたくない。確かに辛くはなるかもしれないけれど、いずれにせよ出て行くのなら、やっぱり最後に会っておきたかった。


「お願い、分かって・・・」


でも、日照雨さんは念押しする。


「本当はね、アタイはずっとみくるがここにいてくれたらいいって思ってる。だけど、アタイの力じゃみくるを引き留めるのはできなかった・・・。だったらせめて、アタイの願いを聞いて・・・。みくるの旅立ちは、アタイたちだけの秘密だって。アタイが一番みくるといっしょに過ごしてきたんだから、二人だけの特別なコトが欲しくってさ・・・」

「日照雨さん・・・。はい、分かりました」


二人でこっそりと家の外に出て、村から出ようと試みる。人の気配はしない。これなら誰にも悟られない。そう私たちが思っていたときだった。


「あらあら、二人してどこに行くのかな?」


女性の声が聞こえた。


「アラレっ!?」

「子供が儂らに隠し事を謀ろうなど十年早い」


アラレさんの声を皮切りに、ぞろぞろと村人全員が集まってきた。


「な、何で・・・」

「皆、もうとっくに知っていたよ、今日みくるが出て行くってこと。一年ずっと一緒にいたんだから、それくらい分かるって」

「村長、みんな・・・」

「連れないよ、二人とも。私たちにも見送らせてよ、みくるちゃんがいなくなって寂しいのは私たちも同じなんだから・・・」

「・・・皆さん、ありがとうございます・・・」


本当にいい人ばっかりだ。


「ぐすっ・・・」


村民全員が揃って私を見送ろうとするにあたって、また日照雨さんの目頭が熱くったみたいで。


「泣かないでくださいよ、日照雨さん・・・。それは、昨日でおしまいですってば・・・」

「うん、そうだね・・・。みくるの旅立ちなんだから、明るく見守らないと・・・」

「それでは、皆さん。また会いましょうね!」


私は笑ってみせた。涙の別れではなく、笑顔の別れにしようと。そう思い私は村を背景に歩き出す。


「みくるや・・・。体に気をつけなさいな」

「・・・!」


振り向きたくなかった。

一度でも背を向けたのなら、もう、あの村と自分は違う世界を生きる。

だから、振り向きたくなかった。

決意が揺らぐかもしれなかったから。

決意がにぶるかもしれなかったから。

泣きたくなかった。

すでに日照雨さんには涙を見せている。それだけに済ませて置きたい。

だから、泣きたくなかった。

前に進めなくなるかもしれないから。

前が見えなくなるかもしれないから。

でも、村長が発した小さな“最後の”一言は、私の足をとどまらせ、琴線を震わせるには、これ以上なく適していた。


「・・・っ」


私は足を止め、皆がいる後ろを振り向く。


「皆さんっ!」


「私っ、絶対帰ってきますっ!絶対に皆さんのもとへ帰ってきますっ!」


「今度は私の友達の皆さんといっしょに、戻ってきますっ!」


「だがら、だがらっ!そのどきまで、まっでいてくだざい!!」


目には涙が溢れ鼻水が垂れる泣き顔で、必死に彼女は叫んだ。


「おうっ!!」


そして、そんなみくるの想いに、村人たちも同じく涙で応える。


「みくるっ!」


皆さんが各々思いのたけをぶつけている中、一人大きな声で日照雨さんが叫び、私の近くへ足を運ぶ。


「これ、アタイが作ったおにぎり、途中で食べて・・・。絶対、目的を達成したら、戻ってくるんだよ!!」

「はいっ!」

「みくる、大好きだよ・・・っ!」

「私もですっ、私の、もう一人のお姉ちゃん・・・っ!」

「アタイたちは、みくるのこと、忘れないから!!」


毎日が楽しくて毎日が刺激的で、

いつまでも続くと思ったそんな生活は、

誰も予測できずに突然として終わってしまったけれど、

それでも私たちは最後の最後まで泣きじゃくりながらも、

確かに未来に希望を持って、将来に光を見つめて、

また会う日をまごうことなく信じぬいて、

私のもう一つの故郷の暮らしは幕を━。




ずきんっ・・・!!!




え・・・?

何で、また頭痛が・・・?

もう、記憶は全部戻って・・・。


『---』


・・・声?

一体、誰の・・・。


『・・・それが、今回のお前の任務だ』


「・・・!!」


ち、違うっ、私の記憶は、全部戻ってなんか・・・!


「うん?どうしたの、みくる?」


・・・思い、出した・・・!!


「・・・ダメっ!!逃げてくださいっ、みなさんっ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る