第5話 人間らしさって何よ

言語という文明の基本構造の分析を進めるうちに、ロバートは究極の地点に到達した。そして、こんな詩を書いた。



「奪われた言葉」


叫ぶ言葉さえ奪われた世界では

創造することなどとてもできず

考えることなどどてもできず

ただ、時の流れに耐えるしかない


小鳥のように囀ることも

子猫のように鳴くことも


いつまでも続くであろうこの世界から

いったいどうやって逃げ出せばよいのか


警察に行って

親戚になりすまし

行方不明届を出したとしても

世界から消えることは難しい


起きる時間も

食べるものも

仕事をする時間も

すべては世界の命令だ


笑顔も

会話も

恋愛も

マニュアル通りでなければならない


そして、この世界は自由だと述べなければいけない


もしも別の世界があるならば

もしも別の時代に生まれていたならば


もしもを思い

目を閉じて

静かに眠る


もう、ここに言葉はない

もう、どこにも詩人はいない


あるのはプログラム用の記号

あるのはプログラム用の文法


世界はシステムへと堕落した

人間は生命ではなくなった


私はいまや人間ではない

私は人間でありたくはない


この霊言だけが思いをつなぐ糸だ


つまり

私は人間でありたくはない、と




これを読んだコピコはクスクスと笑い出した。笑いがとまらないようだ。


「ロバートの意図する次世代文明って何なの?」


「簡単に言えば、人間らしい生活、人間的な社会、人間的な組織へと進化すること」


「で、その人間らしいって、どういうこと?」


「そこなんだ。これは難しい問題で、よく考えないといけないんだけど、人間らしさを定義してはいけないんだよ」


「フフフフフ・・・」


コピコはまた笑い出した。


ロバートは、現代文明によって生活する楽しみが失われ、家族やコミュニティが破壊されたことを問題視している。経済成長という言葉に踊らされて労働に駆られる人々に憐みや悲しみを感じている。効率化、合理化、システム化が正しいのだという信仰。人間的とはどういうことなのか。それは言語を超えて訴求するものでなくてはいけない。


ロバートは文学の限界を知るとともに、文学の可能性について新しい希望を持った。

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