17 犯罪ゼロ社会

 功利主義の創始者、「最大多数の最大幸福」で知られるジェレミー・ベンサムは、監視装置の革命、パノプティコン(一望監視装置)を発明した。この発明をさらに有名にした哲学者、ミシェル・フーコーは、電子的なパノプティコンが監視社会をもたらすと、死の間際、ジル・ドゥルーズに予言した。この予言は2010年代になって、ネット検閲によって実現した。だが現在では電子監視社会は犯罪ゼロ社会(CZS)と呼ばれている。

 すべての通信が電子化され、暗号化されたのは2010年代である。当時、通信の検閲は捜査機関、軍事機関、そして多国籍IT企業によって特権的に行われていた。グーグルやアマゾンは自社のネットワークの検閲を密かに行い、中国のバイドゥロボットは世界の通信を勝手に検閲していた。広く民間団体に検閲が認められたのは2025年以降であり、2030年には国際検閲条約が発効した。検閲が解禁されたことによって、様々な検閲ビジネスが誕生した。とりわけ防犯分野には大きな革新があった。

 検閲監視事業法による第二種検閲監視事業は、一定の区域を検閲監視区域として限った防犯事業に認められる。検閲監視区域に指定された安心安全安静都市(AAA都市、スリーA都市)には検問の設置が必須とされ、一定の要件を備えないと検問を通過できない。ただし物理的な検問があるわけではなく、要件を備えない人物やロボットや車両・機体が検問を通過したり、上空を飛行したりすると、特別監視対象となると同時に、一切の電子機器が無能力化措置の対象となる。例えばストーカー行為歴のある者が検問を通過し、実際に盗撮などのストーカー行為に及ぼうとすると、電子機器が予防的にロックされ、撮影禁止になって、ストーカー行為が未然に防止される。電子機器をオフラインで使用しようとしても、あるいは電源を切っておいても、バックグラウンドオンラインモードが自動起動する。オンライン機能がない電子機器しか持っていない場合や電源が外されている場合は、監視カメラやドローン追跡による非常監視が開始される。

 特別監視対象とならないエリア内住民と親族・友人、法人関係者、来訪者、配達事業者などの全通信、SNS投稿、監視カメラ映像、さらには地域内随所に設置された傍聴装置音声は、スクリーニング&トリアージが実施され、危険度が5段階評価で3になると特別監視対象となり、5になると地域から除斥される。

 AAA都市には武装警察官や武装警備員はいない。武力によって防犯を維持するという発想がないからである。銃刀法違反の武器の持ち込みをしようとすれば、住民と否とにかかわらず特別監視対象となる。凶器となりえる野球のバット、ゴルフクラブ、エレキギターなどの所持は準特別監視対象となり、凶器に転用される前に予防的に警告が発せられる。危険薬物の入手歴、所持歴もスクリーニングされる。

 AAA都市が増えたことから、AAA都市を連携させたAAAアライアンス(フォーA)が実現している。AAA都市間だけを移動し、それ以外の区域には決して出ない人をフォーAノマドという。都市間移動手段にはスーパーセーフティセルモビール(スリーSカー)を使用する。これは防弾防衝撃性を備えた完全自動運転のエアカプセル交通であり、運用開始以来、無事故記録を更新している。

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