12 エコタウン史

 エコタウン(環境都市)という言葉の意味は、この半世紀の間にさまざまに変遷してきた。

 2000年代までは廃棄物を再利用するゼロエミッション都市(循環型社会都市)という意味でエコタウンという言葉が使われていた。廃棄物の不法投棄が最大の環境問題だったからである。2010年代になるとエネルギー(電力)を自給するネット・ゼロ・エネルギー都市という意味で使われるようになった。2020年代になると人と動植物が共生するオーガニック都市という意味が加わった。そして2030年代からはバイオスフィア都市(人口生態系都市)という意味で使われている。

 エコタウンの原点は、1963年にバックミンスター・フラーが著した「宇宙船地球号操縦マニュアル」である。彼は地球が宇宙船のように閉じている運命共同体のような生態系であると論じ、有限の資源はスターター(始動用)以外には使ってはならないとして、循環型社会の必要性を予言的に提言した。

 彼によれば建物の環境性能は容積に対して表面積が小さいほど高くなる。なぜなら建物の環境性能は使用できる空間容積に対する空調の電力使用量と建築部材の使用量の割合で決まるからである。すなわち巨大なドーム建築が最も相対的に表面積が小さく、環境性能がよいことになる。彼が発明した建築様式ジオデシックドームは、万博パビリオンやスタジアムのような巨大建築の常識となっている。

 ゼロエミッション都市(第一世代)、ネット・ゼロ・エネルギー都市(第二世代)、オーガニック都市(第三世代)、そしてバイオスフィア都市(第四世代)は、いずれもフラー理論の延長上にある環境都市である。


 さまざまなエコタウンコンセプトのうち、現在では失敗だったと総括されているのが、第二世代のネット・ゼロ・エネルギー都市である。

 2011年の東日本大震災による大規模なインフラ被害と原発事故による計画停電の反省から、FIT(固定価格買取制度)を活用したソーラー発電がブームとなり、ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス(ZEH)という意味でのエコハウスに、国土交通省と経済産業省は一軒数百万年という多額の補助金を大盤振る舞いした。ゼロエネハウスとは、戸建住宅の屋根にソーラーパネルを乗せ、ホームエレクトロニクスで家計単位の電力管理を行うという代物だった。

 フラーの理論によれば、戸建住宅はそもそも規模が小さいために容積あたりの表面積が大きく空調の出力が大きくなる。環境性能が悪い戸建住宅に断熱材や断熱サッシをふんだんに用い、ソーラーパネルによって年間消費電力に相当する発電ができるようにしたのがZEHである。丘陵を丸裸にして造成し、庭のない戸建住宅を密集させたニュータウンも同様に環境性能が悪い。従来の発想で環境に良いとされてきた街路樹や庭木は太陽光をさまたげるために邪魔である。

 実は戸別のソーラー発電は割高である。直流を交流に転換するためのインバーターがソーラーパネルよりも高いからである。さらに昼間発電した電気を夜間に使うためのバッテリーも高価である。バッテリーの容量不足を補うため、電気自動車を車庫に備え、曇天の日のために家庭用燃料電池(エネファーム)まで備えたら完璧である。こうした日本式エコハウス(ZEH)のプレミアム(付加価値)は一軒1千万円にもなってしまった。もう一軒家が建つほどである。たかだか月1万円の電気代をタダにするために家一軒に二軒分のお金をかけて意味があるだろうか。コストの回収にはうまくいっても20年かかる計算になるのだが、実は機器の耐用年数が10年しかなかった。このため2020年以降、ZEHが詐欺だったことがわかってしまい、補助金は廃止された。

 

 第三世代のエコタウンとして登場したオーガニック都市の住宅は集合住宅にかぎられ、それも大きいほどいいとされた。ただし容積率が大きすぎる超高層では表面積も大きくなるし、エレベーターもムダに大きくなるから高層までである。第一世代のゼロエミッションのコンセプトが復活し、食品廃棄物の完全リサイクルが目指され、野菜が有機栽培された。これがオーガニック(有機)という名前の一つの由来である。第二世代のコンセプトだった都市単位のネットゼロエネは、戸別空調を廃し、高効率のコジェネレーションを集合住宅に導入すれば簡単に実現できた。集約的に設置されたソーラーパネルや燃料電池によるオンサイト電力は直流のまま送電された。交流で動く電子機器など実はどこにもないのに、100年以上も前に規格が決まった交流送電にいつまでもこだわる必要はないのである。交流モーターで動く骨董品的な扇風機やヘアドライヤーは諦めてもらうことになった。住宅の集合化によって空地率が高められ、緑豊かな森に囲まれた環境都市が出現した。広大な森もまたオーガニックの語源となった。

 田舎では屋敷林に囲まれた多世代同居の伝統的な大屋根農家住宅が復元された。伝統集落の風水思想を絶やす必要はない。風水の縁起とは、まだエコロジーがない時代の環境学だった。オーガニック都市にも風水の復興が有効だとされた。


 バイオスフィアは、もともと砂漠に建設された人工生態系だった。水分の蒸散を防ぐため、都市全体を透明なドームで囲うことによって閉鎖的で持続可能な生態系を実現した実験都市である。動物と植物をバランスよく廃することによって酸素と二酸化炭素の濃度を一定に保つのである。

 これに対して、北京郊外に誕生した世界初のバイオスフィア都市は、大気汚染から住民を守る第四世代のエコタウンだった。中国ではバイオスフィア都市に住める富裕層住民と、汚染された大気の中で生活しなければならない下層住民の二極化が生じた。各省の大都市近郊にバイオスフィア都市が次々と誕生するとともに、世界中に技術移転され、中国は一躍環境技術先進国に躍進した。

 そして2035年、福岡に日本初のバイオスフィア都市が誕生した。中国から流れてくる黄砂やPM2.5、さらには亜硫酸ガスなどから住民を守るため、中国の都市環境技術を移入したのである。これを契機に西日本を中心としてバイオスフィア都市は瞬く間に日本を席巻した。

 都市のバイオスフィア化は、富裕層の都心離脱現象を生んだ。既存の大都市をバイオスフィア化することはできないからである。富裕層がいなくなった大都市は税収が落ち、下町のスラム化が始まり、郊外のバイオスフィア都市に住める富裕層住民と、スラム化した下町に取り残された貧困層住民の二極化が進展した。

 これがエコタウンがもたらした都市変革の歴史である。

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