11 国際資金伝送銀行計画

 2038年、IMF(国際通貨基金)及びIMF国際通貨金融委員会、国際決済銀行並びに世界銀行は、通貨安全保障政策に関して、共同声明を発表した。

 仮想通貨(暗号通貨)を使った通貨テロが国際通貨制度の信用を揺るがすのみならず、安全保障上の脅威になっているとの理由で、世界8か所(北米、中南米、オセアニア、東アジア・東南アジア・南アジア、ロシア・東ヨーロッパ、西ヨーロッパ、西アジア・中央アジア、アフリカ)に、国際資金伝送銀行(ITFB)を設立し、世界のすべての銀行間資金伝送は、かならずITFB8行のいずれかを経由しなければならないことになるとしたのである。逆に言えばITFBを経由することができない通貨は国際通貨として認められないことになるのである。

 このことの安全保障上の意味を述べる前に、世界平和の実現がいかに難しいかを述べておきたい。


 多くのSFが未来の戦争をテーマにしている。宇宙人との戦争だったり、人工知能との戦争だったり、ウイルスとの戦争だったり。ところが未来の平和をテーマにしたSFはまず見ない。

 戦争はドラマチックでヒロイックな舞台を提供してくれる。平和はそんな舞台を提供してくれない。

 ユートピアはすっかり下火で、今やディストピアばかりである。ディストピアは、こうあってはならないというアンチテーゼあるいは警告という意味ではあるものの、ユートピアがいかなるものかを積極的は提示しない。

 哲学的にみても、永久平和論は、イマヌエル・カント以来、大きな進歩はないように見える。

 戦争のない世界、永久平和の世界はそもそも可能なのだろうか。小さな村ですら、犯罪をゼロにはできない。そのアナロジーから言えば、戦争のない世界もありえない。

 理屈の上では、国家をなくすか、軍備をなくすか、すくなくともどちらかをなくせば国家間の軍事衝突はありえないことになる。国家をなくすことは当面はできない。軍備を持たない国はあることはある。太平洋の島国である。軍備を持つだけの経済力がないからである。

 国家もなくさず、軍備もなくさずに、戦争をなくすことを戦争抑止論という。

 抑止論を成立させるには、先に攻めること(開戦すること)が不利になるような戦争の後手必勝ルールを作ることが必須である。

 多くのゲームは先手の勝率が高い。たとえばテニスはサーブゲームが圧倒的に有利である。レシーブゲームに勝つことをブレーク(破壊)という。バレーボールもサーブ側が有利で、得点を続けるかぎりサーブを続けられるので連続得点がしやすい。囲碁、将棋、チェスも先手有利といわれる。

 後手が有利になるゲームもあるにはある。オセロは後手必勝といわれる。冬季オリンピックの人気種目、カーリングは後攻が圧倒的に有利である。このためゲーム(エンド)に勝ったほうが、次のゲームの先攻になるというルールがある。このルールを使ったかけひきが面白い。後攻をとったら2点以上をねらう。1点を取って次のゲームで不利な先攻になるよりも、ドローに持ち込んで次のゲームでも後手を続けた方が得策という作戦である。先攻で得点することはスチール(盗み)と言われる。後攻の最終投が失敗しなければ先攻は得点できないからである。カーリングは氷上のチェスあるいはビリヤードというのだが、一投ごとに形勢が逆転するところは氷上のオセロといってもいい。

 戦争を後手必勝にするのは難しい。集団的自衛権は後手必勝の一つのアイディアではある。しかし小国に対する抑止力にしかならない。小国が先に攻めた場合、寄ってたかって報復されることになる。しかし大国の戦争には通用しない。大国の後手必勝戦略があるとすれば、敵国の核攻撃力に対して十分な探知力と迎撃力を備えることと、自国の核攻撃力を、海中(原子力潜水艦)、空中(ステルス戦略爆撃機)、あるいは大深度地下に退避させることである。しかしそれがすべてうまくいったとしても先手必勝の懸念はぬぐえない。とくに敵国の電子機器やITネットワークを全滅させる電磁パルス攻撃は、1機のICBMと1発の水爆弾頭がありさえすれば可能な先手必勝の戦略である。

 国際連合には国連軍を世界最強の警察軍にするという発想があった。これは意味のある発想である。しかし常設の国連軍はいまだなく、戦争が起こってから遅ればせに組織される。在韓米軍はいまなお国連軍を標榜しており、その広報司令部は日本の横田基地にある。しかしながら実質は在日米軍となんら変わらない在韓米軍である。国連軍は発想としてはまだ死んではいないものの、朝鮮国連軍を除けば停戦監視を行う平和維持国連軍しかない。アメリカ、中国、ロシアが自国軍を超える軍事力を持つ国連軍の常設を認めることはないだろう。

 EUのような超国家的連合を世界に拡大し、世界政府を樹立するという考え方もある。EUは、ドイツ、フランスの2国の実力が突出してはいるものの、他の国がすべて同盟すれば対抗できないほどの実力はない。イギリスが国民投票でEUから脱退したのは、この両国の上目線が気に入らない国民が多かったからだろう。EU的な方向性での世界政府の実現には、アメリカ、中国、ロシアのような大国の存在が邪魔になる。EUの理想はイギリスの脱退や地中海沿岸諸国のデフォルト危機で後退している。

 経済関係を深めることはソフトな抑止力になる。経済的に依存関係にある国を攻撃することは、自国の権益を損なうことになるからである。これがグローバリズムであるが、結果的にはマクドナルドがある国(アメリカ企業が権益を有する国)には戦争が起こらないというジンクスに総括されている。このジンクスがほんとうなら世界中にマクドナルドを出店させれば世界平和が実現できることになる。これはマック安全保障論といわれ、まじめに議論されている。同じような意味で、中国料理店がある地域は安全だという。華僑には独特の嗅覚(安全保障情報ネットワーク)があり、紛争を予知すると真っ先に逃げ去るからである。


 ITFBには、次の5つの権限が付与される。

 第一 いかなる国と地域の政府、団体、個人からも、また国際連合、IMFその他のいかなる国際機関からも中立であることが宣言される。この宣言に反する行為があったと認められる十分な疎明資料がある場合は、IMF又は国連加盟国の政府にかぎり、IMFに対して告発することができ、IMFの棄却決定に対する上訴は国際司法裁判所に対して行うことができる。

 第二 銀行間資金伝送に用いることができる通貨を指定する権限を持つ。指定の要件は公表される。この権限の行使に関して、いかなる損害賠償の責も負わない。非指定に対する異議申し立てはIMFに対して行われ、棄却決定に対する上訴は国際司法裁判所に対して行われる。その他のいかなる司法機関への訴え及びその決定も無効である。

 第三 国連安全保障理事会被制裁国の銀行間資金伝送を凍結する権限を持つ。この権限の行使に関して、いかなる損害賠償の責も負わない。

 第四 国連安全保障理事会の制裁決議に先立って、予備的に紛争当事国の銀行間資金伝送を凍結する権限を持つ。この凍結措置は1週間以内に制裁が決議されない場合は解除される。この権限の行使に関して、いかなる損害賠償の責も負わない。

 第五 地域8行は、独立して業務を遂行する権能を有するとともに、第二から第四の権限の行使には連携して対応し、他の7行のいずれかのシステムがサイバー攻撃から隔離又は破壊された場合は、緊急にその機能を代替する権能を担保し、その代替順位は非公開であらかじめ定められる。


 ITFBの設置によって、紛争当事国、テロリスト組織、テロ支援国家等が仮想通貨による通貨テロを行うことが防止されるとともに、国連安全保障理事会の制裁決議による紛争当事国等の経済封鎖が速やかに行われるようになる。とくに予備的凍結権限は、紛争当事国が国連安全保障理事国であっても発動が可能であるという点で、画期的といえる。

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