No.3
山の奥から輝いて見えるまん丸なお月さま。
縁側でぱたぱたと足を動かしていると、後から体温につつまれる。
大切で大好きな人の温もり。
「月が綺麗ですね。」
静かに響いたその声に、彼は私の手を握ったりはなしたりして遊んでいる。背中越しに感じる金属の硬い感触に、ああ、今日が最期なのだなと分かった。
「俺も、死んでもいいかな」
「それは嫌。」
ぴしゃりと言えば、傑は私の隣に腰掛けて、はあ、とため息をつく。
「俺だけをおいていくつもりかい?」
「傑には、幸せになって欲しいもの。」
淡々と話した言葉は、半分本音で半分嘘。
深呼吸をした私に、彼はにやりと笑った。
「それは残念なこった。
俺の幸せは、最後まで優と一緒にいることだぜ。」
くつくつと楽しそうに笑う彼の手には、どこから入手したのだろう、確かに黒色の銃が握られていた。
「な、んで…」
「覚悟なんて、あの日からとっくに決めてんだよ。」
髪を大雑把にかいて、持っている銃をくるくると回すけれど、耳は紅く染まっている。ああもう、本当にずるい。優しすぎる人。
「傑は、大バカさんだね。」
「優しい旦那の間違いだろ?」
「本当ッ、ばかっ…。」
未来があるのに、自ら手放してしまうなんて。きっと神様がいたら怒られてしまう。
「ゆーうー。」
おいで?、と言うように腕をひろげた彼に飛び込んだ。好きで好きでたまらない人。世界で一番大好きな人。泣きじゃくる私の顔をあげて、彼が頬をむにっと引っ張る。
「笑ってよ。
言ったろ?俺は優の笑顔が1番好きだって。」
貴方だって、瞳が潤んでるくせに。
にこっ、と精一杯の笑顔をつくれば、満足したようで彼は私にキスを落とした。
それから、もう1回、もう1回と何度も繰り返して。
「くすぐったいよ」
「もう少しだけ、」
そう言ってまた塞がれた唇は、しょっぱくて甘かった。
「──傑。本当にありがとう。」
抱きしめられながら言えば、「そんなことねーよ。」とそっけない声。その声にまた愛おしさがこみ上げてくる。
「優。」
ああ、本当に、最期だ。
ゆっくりと惜しむように名前を呼ばれて、うん、と頷く。
「愛してる。
傑、愛してるよ。」
腕の中でカチッと鳴り響く音と、頭に金属の冷たさを感じて瞳を閉じる。きっと彼は震えているはずだから、ぎゅっとその体温に縋りよってあげよう。
「…ッ。あい、してる。」
──ドンッ。
響く銃声に紛れて、最期に聞いたのは愛しい彼の大好きな言葉だった。身体が力を失うその瞬く間に、もうひとつ銃声が聞こえる。
意識が途切れる寸前、離れないように、私は彼の体温の中へ寄り添っていった。
──私たちは、誰よりも愚かで。幸せだと信じていたのです──
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