No.2
「ねえ、傑。」
「どうした?改まって。」
東京の大病院から引越した家は山奥のさらに深いところにあって、不思議と心が洗われる気がする。左の薬指に鈍く光るそれを眺めながら、キッチンから薬を持ってくる彼に微笑みかけた。
ぽっかりと空いた心の穴には、もはや何も感じられない。
「ひとつだけ、私のワガママを聞いて欲しいの。」
淡々と告げる私に、彼はこぶしを握りしめた。
ねえ、口をひきしめてる貴方に、日々弱っていく私の身体はどのように映っているのかしら。少しずつ、…でも確実に生から遠ざかっていく私の姿を。
何も言わない彼から視線を外して、窓を開けた。
「私ね、好きな人の腕に抱かれながら死ぬのが夢なの。拳銃でも良いし、ナイフでもなんでもいい。──ただ、愛する人に殺されたい。傑の腕の中で、死にたい。」
隣にいる彼がわなわなと肩を揺らしてるけれど、かまわずに今までずっと秘めていた胸のうちをさらけ出していく。
「こんな山奥なら、死んだって誰も気づかないよ。引越してまだ3ヶ月だし、…誰も、私が居なくなったって気づかない。」
毛布をきゅっ、とつまんで、そのままうなだれるように倒れこんだ。黙りきったままの彼の手に持つコップの水がゆらゆらと揺れている。けれど、謝罪の心さえ起こりはしなかった。
「ねえ、傑。」
“私を楽にしてちょうだい?”
乾ききった口がその続きをためらうと同時に彼が勢いよく立ち上がる。
「すぐ「やめてくれ!!」
けたたましいその声に、無性に逃げ出したくなった。雑に薬とコップをテーブルにおいて、それから何度かその場をぐるぐると歩きながら、頭をかいては、かきむしりまくる。
「俺はッ、──そんなつもりで、優をッ…!!」
荒い呼吸。潤んだ瞳。
血が出るほどに噛んだ唇が痛々しい。
それでも、気持ちを変えるつもりはなかった。自分でも異常だと思うほどに汗ばんだ手で、彼の手を掴もうとして、強くはらわれる。
「傑。」
じんじんと痛む手をおさえながら、必死に、明るい口調になるように喉から声を絞り出す。
「私ね、」
「やめてくれ!聞きたくない。」
首をふり、耳をふさぐ彼にもう一度。
「お願い、聞いてッ。」
ああ、また私の顔もぐちゃぐちゃだ。
声だって、もう届いてるかも分からない。
「俺は、優と少しでも長く一緒に居たいと思ったから、主治医にかけあったんだ。
──優の笑顔が、一番好きだから。」
ふりしぼるように、綴るように言葉をつむぐ彼の腕には血管が浮いて見える。懇願するような彼に、私はただ首を横に振って、俯いてた顔をあげた。
「私は、傑に殺されたい。」
嗚咽混じりの言葉。
ぼたぼたとこぼれ落ちる無数の涙。
ごめんね、そんな表情をさせたいわけじゃなかったのに。
目元を手で覆って、涙を流す彼にそっと手をのばす。二人分の泣き声が部屋に響くなか、繋いだその手がはらわれることは無かった。
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