渦瑠
とうとう耐えられなくなった軽トラは、完全に破綻した。
右の前後車輪が浮き上がり、
真っ白な意識の中ですべてがスローモーションのように流れていく。軽トラの荷台が横ざまに屹立し、手足が一切の支えを失う。剥き出しになった生存本能が投げ出された身体を救おうと手を伸ばす。しかし命綱を切られた宇宙飛行士のように、身体は空中の一点に固定されて動かない。アオリの縁を掴もうとした手が絶望的に宙を掻く。ああ、こりゃだめだ。と僅かに残った意識が他人ごとのように呟いて、重力に捕まった身体が落下を始め、
力強い手が巡の腕を引き寄せた。
ガードフレームに掴まった
巡の手がアオリに届くと同時に、軽トラは完全に横転した。
橋の上だった。
路上を滑るキャビンの側面から火花が散り、かろうじてアオリに乗せた足元をヤスリのようなアスファルトが流れる。車体は緩やかにスピンしながら欄干に突き進み、車道と歩道を分ける鎖をポールごと引きちぎる。
軽トラのエンジンが断末魔のような唸りをあげ、そして止まった。
「ユノ!」
荷台から飛び降りた清明が車体を回りこむ。
紙のように柔らかくなったラミネートガラスが内側から吹き飛び、ユノを抱きかかえたテトが中から這い出てきた。ぐったりしたユノを認めた清明の顔が、発狂する寸前にまで歪む。
「大丈夫! 気を失ってるだけだよ」
ユノはまったくの無傷だった。キャビンが潰れなかったもの、ポールが車内に飛び込んでこなかったのも、巡の〈
頭の中を塗りつぶすような暴風と豪雨の中、亡霊の悲鳴のようなスキール音が聞こえた。
反転したSUVが、猛然とこちらに突っ込んでくる。
「来るわよテト!」
巡は割れた眼鏡を投げ捨て、軽トラの前に立ち塞がりヤドリギの杖を構える。
ユノを清明に任せたテトもその隣に並び、銀鱗の篭手を右手に纏わせた。
二人は同時に地面を蹴る。
巡の放った矢が前後のタイヤをバーストさせる。だがまだ不十分だ。
相手が能力を発動させたのだ。
テトは〈
天地のひっくり返ったSUVはルーフで路上を滑走し、軽トラの脇を通り過ぎ、さらに二〇メートルほど先でようやく停止した。
振り返った巡は顔面にまとわりつく髪の毛を掻きあげて、吐き捨てるように言った。
「どこまでしつこいのよアイツは……!」
かくん、と路上で腹を見せている車体が切断された――いや、折れたのだ。
真っ二つになったクルマの中から、スーツ姿の男がゆらりと姿を現す。
白金の直剣を携えた
「アイツの相手は僕が引き受ける。巡は通路の生成を急いで」
「わかったわ。出来る限り、持ちこたえてね」
「なにいってんだよう」テトは笑い混じりに、「僕が勝つにきまってるじゃない」
二人は視線で頷き合い、再び軽トラの方へ走りだした。
意識を取り戻したユノは、横転した軽トラのキャビンで、顔中に恐怖を貼り付けたまま膝を抱えて震えていた。
「ここで通路を開きましょう!」
軽トラを盾にして様子を伺っていた清明に声をかけた。
「でも、いっそアイツを片付けたほうが――」
巡はその言葉を切り捨てる。
「だめよ。よしんばアイツを倒せたとしても、さっきの〈修復能力〉持ちを含めた二人はまだ生きているし、さらに増援がこないとも限らない。今を逃したら後は無いわ」
「わかった。そうしよう」
清明はすばやく決断した。キャビンに潜り込み、ユノに優しく語りかける。
「大丈夫だよ。もうすぐ俺が助けてやる。あと少しだけ我慢したらこの台風だって通りすぎるし、そしたらまた出発しよう」
「やだあ、やだあ、かえりたい、かえりたい」
恐慌して泣きわめくユノを抱き寄せる。
「大丈夫。もうこれ以上怖いことはないから。ずっとずっと側にいるから、大丈夫」
清明が抱擁を解くと、ユノは置き去りにされた子犬のような声を上げた。
「だからもう少しだけ、ここでまってくれ。いいね?」
口元を歪に引きつらせて、ユノは頷く。
清明は最後に一度だけ、満面の笑みでユノの頭を撫で、踵を返した。
「――よし、やろう」
「私は
巡は黄金の枝を空中に展開させ、通路の足がかりとなる場を編んでいく。
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