チェイス
「なんで軽トラなのよ!」
幌付きである。
「これで精一杯だったんだよう!」とテトが投げ出すように言う。「最初に選んだのは対策部の連中に潰されちゃって、手近なのはこれしかなかったの!」
文句の一つでも言ってやりたかったが、もはやそんな余裕はなかった。ここで言い合ったところで目の前の軽トラが装甲車に化けるわけではない。あるものでどうにかするしかないのだ。
「じゃあテトが運転。私たちは後ろね」
吹き付ける風を受けて今にも破けそうなほどにはためく幌と、足元から轟く三気筒エンジンの騒音にかき消されないように、巡は大声で叫ぶ。
「――通路は開けそう⁈」
戦場慣れしているせいだろうか、清明は決して叫ぶことはせず、しかし騒音の中でもよく通る声を張り上げて答える。
「ああ、大丈夫だ。三時間――いや、二時間あればなんとか取っ掛かりは作れる」
絶望的すぎて笑えてきた。
実際に笑い声も上げた。
もはやどんな形であれ、虚勢を張り続けるほかなかった。
「二時間なんていわずとも、一時間後には私ら全員オタブツよ!」
その直後、後方から急速に近づいてくる二台のヘッドライトが見えた。
リヤウィンドにむかって叫ぶ。
「テト! もう奴らがきてる!」
軽トラが爆発的に加速する。
しかし後方のクルマはなおもこちらに追いすがる。横転寸前の勢いで十字路を曲がり、県道に出る。追跡者は左右の車線に別れ、見る間にこちらを追い上げてくる。
「どうする、このままじゃ――」
「アナタは通路の
言い放った巡は両手を合わせる。
手中に込めた法力を編みながら、ゆっくりと手を離していく。
マグネシウムを燃やしたような白色の光が溢れ、それはまるで質量を持ったかのように一筋の線として収束していく。
現れたのは銀糸の杖だった。しかし力が制限されているせいか、その長さはバットよりも少し短いくらいだった。通常の半分にも満たないが、無いよりはマシである。
重さを確かめるように杖を一振りする。先端のほうの編み目が解け、その隙間から数本のヤドリギの枝が生成された。繰り返すが、これでも無いよりはマシである。
巡は〈
猛然と追い上げてくる黒いセダンのフロントウィンドウに、どこからか飛んできたブリキの看板がぶち当たる。看板は苦もなくラミネートガラスを貫き、ウィンドウ全体に蜘蛛の巣のようなひびが走る。
視界を塞がれたセダンは堪らずスローダウンし、彼我の距離が開く。
「ざまあみろ!」
罵りで気勢を奮い立たせる巡の目が、もう片方のクルマの窓際で小さな光が瞬くのを捉えた。
瞬間、幌のフレームの辺りで何かが弾けた。
銃――、
と思うその思考をかき消すように連続的な閃光が弾け、爆竹を鳴らすような銃声と着弾音が嵐のように押し寄せてきた。
「大丈夫なんだろうな!」
清明が叫ぶ。
「まかせなさい! こんなもんただの豆鉄砲よ! たとえ千ポンドの爆弾が降ってこようと躱しきってみせるわ!」
力を込められたヤドリギの杖が輝き、放たれた銃弾の軌道が尽く逸れる。
「そろそろいい加減にしなさいよね!」
杖を振った。
ガラスが無事な方のクルマが急にスローダウンし、チェイスから脱落した。
「――くそっ!」
巡は悪態をつく。
二台のエンジンをストップさせたはずなのだが、止まったのは片方だけだった。残る一台はウィンドウに刺さった看板を蹴りだして尚も追いかけてくる。
街灯の下を通過するたび、へなへなになったウィンドウに開いた穴の向こう側に、殺意に濡れた眼光が浮かび上がる。
力が足りなかったのか――いや、そんなはずはない。
そこで巡はもう一度クルマのエンジンを止めようとして、それを見た。
もはや用を成さなくなっていたガラスから、ひびが消え始めた。
まるで時間を巻き戻すように、ウィンドウがあっという間に元通りになる。
力が通じなかったのではない。
相手は壊れたエンジンを〈修復能力〉で直していたのだ。
だけど――と巡は考える。
今見た窓の修復のスピード、そして銃なんていうまどろっこしいモノを使って攻撃してきたところから察するに、相手も巡たちと同じで、能力を十全に発揮できないようだ。
ならばまだ、勝機はある。
相手の修復量、またはその速度を上回る破壊をぶつけてやればいいだけだ。
「それなら、こんなのはどうよ!」
杖の光が弾ける。風に舞った新聞紙が、追跡車のフロントガラスにべったり張り付いた。相手は視界を遮られて僅かに速度を落としたが、すぐさまワイパーを振り回して視界を確保する。
そこに街路樹が倒れこんだ。
相手は咄嗟にハンドルを切った。だが、巡はダメ押しとばかりに前の両輪を狙ってヤドリギの矢を放ち、バーストさせる。車体は斜めにスライドし始め、もはや為す術のないそのボンネットに、見計らったかのようなタイミングで街路樹が振り下ろされた。
新聞紙の隙間から、驚愕に見開かれた運転手の眼を見た気がする。
そして次の瞬間、街路樹がキャビンを斜めに貫き、黒いセダンは串刺しにされたナマズのように沈黙した。
「――っはぁ」
喉に絡まっていた緊張を吐き出し、脱力する。
「これでひとまず時間は稼げ――」
横殴りの衝撃がきた。
交差点から侵入してきた小型SUVが、軽トラに体当たりを仕掛けたのだ。
意識外の攻撃に足元をすくわれた二人は、氷上を転げるように倒れこんだ。斜めに流れる視界の中で、傾いているのは自分だけではないと巡は本能的に察知する。咄嗟に逆方向からの強風を呼び起こし、横転寸前の車体を支えた。
「――ぅぐっ」
強かに頭を打ち付けた。不思議なほどに痛みはない。ただ頭蓋を突き抜ける衝撃だけを感じ、頭の中でいつまでも反響する余波せいで身体の感覚が覚束ず、それがとてももどかしい。
身体を起こそうとした刹那、またもや衝突。再び荷台に叩きつけられ、そして、
「動かないで!」
薄っぺらいボディ越しにテトの叫びを聞いた。
クォン!
重い金属が叩かれるような音。
荷台に転がる巡のすぐ上、アオリの辺りで幌がフレームごと水平に切断され、車体から取り残されるようにしてまるごと後方に滑り落ちていった。
固体のような風圧が一気に押し寄せてくる。
状況を確認しようと頭を上げた巡の眼前に、SUVのボディが迫った。
三度目はもう防ぎきれなかった。
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