嵐の気配
テトはずっと駐車場で待っていたようだった。予定よりも早い帰宅に疑問を投げかけるテトに「後で話すから」と言い、二人はひとまずユノの所に向かうことにした。
当然、
二人はユノと遊びながら清明を待つことにした。
ひとしきり遊んでおやつも食べたユノは満足とばかりに眠気を催し、それをちょうど寝かしつけたところで清明が現れた。
三人はさっそく作戦会議を始めた。まずは
「――というわけで、もはや悠長に構えてられる状況ではなくなったわ」
巡の話を聞いた清明の目つきが、一気に険悪さを増した。
「やっぱりあんたたちは――」
「アナタを追っているのは私たちだけじゃない」
巡は清明の言葉を押しとどめて言う。
「今ここにいるのは私たち二人だけでも、観測部が外から見ているだろうし、その報告を受けて対策部も体勢を整えているところなの」
「そこで対策部が動く前に片付けろ――と、監督官殿は僕たちの尻を叩きにきたってことだねえ」
そう言ってテトは、すっかりお気に入りになった鶏ささみを一切れつまむ。
「そういうこと」
と巡は相棒の言葉を受けて、
「立場上、私たちはアナタの敵であることに変わりないわ。私たちと手を組む限り、そういうリスクがあるってことは承知して欲しいの」
「……わかった」清明は頷いた。「じゃあ、これからどうすればいい。通路を開くにも長期間の準備が必要だろ。となれば、それまでこの世界で追手から逃げ続けなければならない」
「それは多分、無理ね。もはやアナタたちの動きは完全に把握されていると考えた方がいい。能力を使って対抗できるならともかく、今のアナタは一人の非力な少年にすぎないわ。逃げたところですぐに捕まる」
巡はデイパックを開け、中から風呂敷包みを取り出して、テーブルの上で解く。
「だから、これを使うしか無いわ」
精緻な細工が施された小瓶に、清明は魅入られたような視線を注ぐ。
「
「そのうえ、ここには私とテトのぶんしかない。これを使うにしても、短期決戦は免れないってことね」
「じゃあそれを使えば、通路を開けるのか?」
期待するような顔で言う清明だが、巡は首を横にふる。
「わからない――というのが正直なところよ。監督官殿のような人でさえ、この世界では存在を保つので精一杯って感じだし、私やテトが力を取り戻したところでね……」
重苦しい沈黙。
「だけど、可能性がないわけじゃないわ。私は今、この世界の住人としてここにいる。つまり、この世界の
確かに。と清明は得心した。
「そういえば俺がここに来るとき、やけに力の通りが良いと思ったが、アンタが俺にその〈枝〉とやらを仕込んだせいだったのか。……この場所に辿り着いたのも、〈枝〉に引っ張られたってわけだ。まったく、お陰で召喚したユノを世界に組み込むのにかなり手間取ったよ」
少なからぬ恨みのこもったその言葉を、巡はさらりと流して続ける。
「そういうわけで、私とアナタの力を合わせればこの世界に干渉できるかもしれないのよね。アナタもかなりの使い手だし、二人で力を合わせればもしかしたら――ってとこ」
「こっちの猫はどうするんだ?」
「猫じゃないよ! テトだよ!」とテトは牙をむき出して怒る。「ていうか、
「そこはまあ、秘策が、なくはない……」
巡は
「でも、瓶は二つしか無いんだろ」と清明。
「一つはテト、もう一つはアナタと私で分けましょう。私とアナタの能力は同系統だから、それでもし太刀打ちできないとなったら一巻の終わりになる。だからテトの〈
うーむ。と清明は腕組みをして考えこむ。
「僕は賛成だよ」テトは尻尾をパタリと打って、「たとえ能力が使えたって半人前じゃどうにもならないかもしれない。……でも、安易な賭けに頼るよりはよっぽどマシだと思う。こんな状況だからこそ、強かにいかないとね」
「……わかった。俺もそれに賛成するよ」気分を切り替えるように息を吐いて、「それで、一番の問題である『残り時間』についてだが、アンタたちはどう考える?」
「対策部が既にこの世界へ侵入する準備をしているということは、もはや一刻の猶予もないと見ていいかもねえ」
テトの言葉に巡も頷く。
「管理官殿が直接
「じゃあ、すぐにでも行動に移さないとマズいんじゃないか」
清明はにわかに焦り始める。
「決行は明後日がいいと思うわ」
「ふーむ」清明は腕組みして考え、「その、理由は?」
巡は携帯端末を取り出すと、天気予報のアプリケーションを起動させた。
「台風よ」
テーブルの真中に置かれた端末の画面を二人と一匹が覗き込む。
「私たちが
「僕はそれに乗るよ」とテトが言う。
「でも、そう都合よく台風がきてくれるかな……」
唸るように言う清明に向かって、巡は不敵な笑みを浮かべてみせる。
「なぁーに、台風の一つや二つ、私の〈
「そうか……」
そう呟いたまま、清明はまた深く黙考し始めた。
じっと俯き、まるで夢を見ているかのような虚ろな目をテーブルの天板に向けている。
その焦点は土色の木目の遥か遠く、砂嵐に飲まれゆく故郷の景色に結ばれていた。
「やろう」
再び上を向いたその顔は、戦場に赴く
「よし、それじゃあ。なるべく早く準備は整えておいてね。私は明後日の昼前にはここに来るから。それまでに何かあったら、私に連絡して」
巡は電話番号を表示した携帯端末を、清明に差し出した。
「――わかった。アンタたちもくれぐれも気をつけてくれ」
「それじゃあ、また明後日」
薄暗い部屋の中で三人は頷きあった。
嵐の気配が近づいていた。
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