監督官
学校ではいつも一人だった。
別にいじめられているわけではなく、無視されているとか、浮いているとかいうわけでもない。単純に、クラスメイトである以外の関わりを持つ者がいないのだ。積極的に話しかけてくる奴はいないし、話しかけたりもしないだけである。
このような現状を招いた遠因は、やはり『
そして今日も
考えるのはやはり今後のことである。
巡とテトの力では、あの二人をこの世界から連れ出すのはかなり骨の折れる仕事だろう。すくなくとも数ヶ月、もしかしたら年単位の準備期間が必要かもしれない。とりあえずは、
そして長期戦を覚悟するなら、この世界の日常にも慣れなければならない。
となれば、真面目に勉強しておいたほうが色々無難だろう。
気を取り直して、巡はノートにペンを滑らせた。
それは五時間目のことだった。
昼を過ぎた教室には気怠い雰囲気が漂っていた。
グラウンドに面した教室の窓は開け放たれていたが、今はどのクラスもグラウンドを使っていないためか、灰色の和紙を漉いているような窓枠からは静かな風が流れてくるだけだった。
ジャリ、と砂を噛むような音が聞こえた。
ふと、窓際の席の生徒が外に目をやり、
「――なんだあれ」
その呟きに、同じ列の他の生徒たちもなんとなしに外を見る。
「何あの人?」
それに気付いた教師は「おらぁー、授業に集中しろお前らぁー」と窓際に歩いて行き、グラウンドを見下ろし「ああーん?」と眉根を寄せた。
その反応に他の列の者も腰を上げ、首を伸ばすようにしてそこに何があるのかを見ようとする。あれよという間に、教室の半分ほどの生徒が餌に群がる鯉のように窓へ押し寄せた。
「うわなにあれ」「不審者?」「車で入ってきていいの」「すげえ、SLクラスだ」「何あの女」「こっち見てるよヤベー」「ヤクザじゃね、ヤクザ」「でも外人だぜ」
巡はまるで興味なさげにその様子を眺めていた。
突然、それが来た。
濃密な空気の塊が身体を舐めていくような、全身の毛がざわりと震えるような感覚。
巡は弾かれるようにして立ち上がり、クラスメイト達の後ろから向こうを覗いた。
グラウンドのど真ん中に、一台のクルマが停まっていた。隣にはスーツ姿の女性が立っていて、不敵な面持ちで校舎を見上げている。
視線が合った。
スーツの女性がこちらに向けて手を振った。
「――監督官殿」
思わず口をついて出た。
教室中の視線が一斉に巡へ向けられる。
「え、なに、久瀬さんの知り合い?」
誰かが発したその疑問は巡の耳には届いていない。
巡は展翅台に留められた標本のように固まっていた。
なおもこちらに手を振り続けている女性は、紛れもなく監督官なのだという、滝のように強烈な確信に打たれる。しばらく呆然としていた巡の瞳に、ようやく意思の色が戻る。
旋風のように踵を返し、教科書類を机にぶち込み横に掛けているデイパックを引っ掴む。
「すいません先生、早退します」
一方的に言い放って教室から去ろうとする巡に、動転した教師が悲鳴のように裏返った声で、
「おい久瀬ぇ! ありゃ一体誰なんだ!」
「ウチの監督官です!」
言い切るよりも早く巡は教室の扉を開け放ち、残像のような黒髪を宙に引いて消えた。
いきなりすぎる出来事に皆が言葉を失っていたところ、誰かがぽつりと、
「監督って、AVかなんかか」
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