迷宮世界:3

「二人がかりでこのザマとは呆れたのだ!」


 そう言って渦瑠コールは手中の多面体をテトに投げつけた。

「あわわっ」慌ててそれをキャッチしたテトは耳を伏せて、「た、助かりました」

 じゅんもそれに従って頭を垂れる。

「お手を煩わせてしまいました。いやー流石ですね」

 これだから飛沫ひまつ係は、と渦瑠は心の中で悪態をつく。無能の無能たる所以は能力が足りないことではなく、己の分を弁えるということを知らないことだとつくづく思う。

 異界管理官いかいかんりかんである以上、個々の能力の差はそう大きくない。自己の資質に見合った身の処し方を心がければ大抵はそこそこの部署に落ち着くはずなのだが、そんな単純なことも理解できない落ちこぼれというのは少なからずいるのだ。

「どうして貴様らは余計な仕事を増やすのだ。我々の任務はあくまでも事件の解決であり、個々の世界を救うことではないのだ。ゴミみたいな召喚物でも貴様らにしてみたら砂金かなにかのように見えるのかもしれないが、貴様らのドブさらいに付き合っていられるほど我々は暇でないのだ」

「でも世界の安定を守るのも異界管理官の仕事のうちですよ」

 と不服そうな顔で巡が言う。

「その仕事もマトモにこなせない貴様らのために我々が動くことになったのだ!」

 渦瑠が二本の指を眼前に構え、すい、と横に引く。

 巡の首から上が消えた。

「ぎゃあ!」

 とテトが悲鳴を上げる。

 しかし本当に首が飛んたわけではなかった。首なし巡は両腕をわたわたと動かし、自分の頭があった場所でぱたぱたと手の平を仰ぎ、ぎくり、と身体を硬直させる。

 そして恐る恐る、不自然なになっている自分の下半身に手を伸ばし、


「ぎゃあ!」

 股間から悲鳴が聞こえた。


 巡は慌ててスカートの裾をまくり上げる。

「なんでこんなことをするんですか! ひどい!」

 股の間から頭が生えていた。

「どこに頭があろうと変わらんのだ。むしろ余計なことをしない分そのほうがよいのだ」

「こんなの酷いですよぅ。戻してくださいよぅ」

 あまりの惨めさに涙を滲ませて巡は嘆願する。いい気味だと思う。ついでにそれを指さしてゲラゲラ笑い転げている薄情な相棒も同じようにしてやる。

「なんで僕まで!」

「私は愚図のおもりをしに来たわけではないのだ。貴様らはおとなしく私のサポートだけしてればいいのだ」

「してますよう!」

 がに股でぴょこぴょこ跳ねて巡が言う。

「不正召喚物をみつけたんです! こんどこそ大きい手がかりですよ!」

「そうそう! 確かな手がかりを見つけたんですよ」

 大真面目な顔で訴える巡とテトだったが、股から逆さまにぶら下がったままではイマイチ真剣さが伝わらない。

 渦瑠は舌打ちをして二人の頭を元に戻す。

「しょうもない情報だったら、今度は貴様らの首をすげ替えた上で同じようにしてやるのだ」

 テトは自分の首がきちんと繋がっているのを確かめて、

「すぐそこにあるんですよお」

 と地平線のあたりを指さす。

「どこだ? 何も見えない――」

 渦瑠は目をつむり、形而上構造けいじじょうこうぞうを読む。

「――いや、なにかあるのだ」

 渦瑠はその方向に掌を向け、くい、と一瞬にして目的までの距離を跳ぶ。

 草原のど真ん中に、噴火口のような窪地があった。半径はざっと数百メートル。その中心に一本の若木が生えているのが見える以外は、なにも無い。

 もう一度、渦瑠は瞼の裏の闇に集中する。


 ――光が、


 窪地の中心に向かって世界のあらゆる場所から光脈が集まっている――いや、違う、逆だ。まさしく大樹がその根を広げるように、ここから世界中にのだ。あの頼りない若木こそが、この世界を世界たらしめる要であり起点であり始原なのだ。

「おいてかないでくださいよぉーう」

 巡とテトがヤドリギの杖にぶら下がって追いかけてきた。飛沫係は移動方法までもが間抜けなのかと渦瑠は呆れる。

 渦瑠の隣に降り立つと、巡が窪地の真ん中を指さして、

「あれですよあれ」

「あれはいわゆるというやつなのだ」渦瑠はため息をこぼす。「飛沫世界のような小さく不安定な世界では、ああいう始原点があることは珍しくもないのだ」

「いや、まったくそのとおりではあるのですが」と巡が言う。「実は不正召喚物があそこに同化しちゃってるんですよ。世界樹の根を伝って世界中に散らばってたんです」

 その言葉をテトが継ぐ。

「道理で場所が特定できないわけだよねえ。そもそもんだから」

「フム」

 さっそく渦瑠は世界樹の元へ跳ぶ。


「確かに、なにか混じっているのだ」

 どうやら二人の言葉に間違いは無さそうだ。一見してよくある世界樹の若木のようだが、その中に場違いな法術ルーンが溶け込んでいる。

「どうですか?」

 巡は興味深そうな顔で、渦瑠コールの肩越しに世界樹を覗きこむ。

「ウム……」

 渦瑠は二人の能力を思い出す。片方は〈因果律操作プロフェータ〉、もう片方は〈完全観測スペクタトル〉だったか。世界中に拡散した法術ルーンをかき集めるだけなら〈完全観測スペクタトル〉にまかせても良いが、散々っぱら振り回された果てに手柄まで持って行かれるのは癪に障るし、何よりも――

「貴様らに任せて取り返しの付かない事になったら目も当てられない。ここは私に任せておくのだ」

 渦瑠は世界樹の幹に手を当てて、光脈を読む。世界の構造に直結しているだけあって、どこに何があるか手に取るように解る。渦瑠は時空間干渉能力を応用して世界樹の光脈に分散した法術ルーンを収拾する作業に入る。


 瞬間、世界が揺れた。


「えっ、なになに? 今度はなんなのよ」

「なんだかヤバイ雰囲気だよお」

 狼狽える二人を背にして、渦瑠は「やはりこうなるか」と落ち着き払った声で呟く。おそらく干渉を受けたことで世界樹の防衛機能が動き出したのだろう。

 轟く地鳴りは世界そのものが咆哮をあげているようだった。

 窪地の至るところから矩形の巨大な構造物が隆起する。その中から先ほどと同じ四本腕の牛頭が、棺桶の蓋を突き破るようにして出てきた。

「ここで手を離せば世界樹に逃げられる……貴様らはあの雑魚どもを片付けるのだ!」

「しかし、この数では……」

 巡が弱気な声を漏らす。怪物は尚も増えつつあり、もはや二人の手では追いつきそうにない。

「殲滅など端から期待しておらん! 時間を稼げといっているのだ!」

「わ、わかりました!」


 渦瑠の声に弾かれるようにして、二人は敵の元へと飛んでいった。

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