2:連続不正召喚事件

迷宮世界:1

 〈世界セカイ〉の有り様は千差万別である。


 それはまるで無尽の宇宙のように、遠くから見れば穏やかで一様にも映るが、近寄れば目も眩むほどの変化と個性に圧倒される。こちらでは粗にして一方では密、所変われば組成も変わり、隣りあう世界の次元が三つも四つも違っていることなどザラだ。いくつもの世界と結びついた賑やかな世界もあれば、閉鎖され忘れ去られた孤独な世界がある。黙して永遠を生きる巌のような世界があるかと思えば、くしゃみ一つで吹き飛ぶあぶくみたいな世界もある。


 そんな世界の片隅に〈飛沫世界群ひまつせかいぐん〉はあった。

 飛沫とはまさに読んで字のごとく、浜辺に打ち寄せる波が散らす飛沫しぶきのように、ごうごうとうごめく世界の辺縁から絶えず生成されては消滅するちっぽけな世界が、かろうじて寄り集まっている。元より他世界の余波から生まれたお釣りみたいなものであり、害もなければ実りも少ない、おおよそ手間を掛けるだけ無駄なのあつまりである。


 だからこんなものは放っておけばいいのだ、と渦瑠コールは心中にごちる。

 普段は〈重合世界泡群じゅうごうせかいほうぐん〉を管轄する部署にいる渦瑠は、その実績を買われて重大事件対策部じゅうだいじけんたいさくぶの指定管理官に任命されている。

 緊急性の高い案件を扱うことが多い対策部では、すぐにチームを派遣できるよう、人選にあたっては特定の管理官を優先的に選ぶ事が出来るようになっている。そういった性質から、指定管理官は高い技能を持ったいわゆるであることが求められ、それは管理官の力量を逆説的に証明しているということでもある。


 故に、対策部に用立てられる管理官はおしなべて高度な技能と、それ以上に高い誇りを持っており、渦瑠もそんなエリートの一人だった。

 いつものように渦瑠は対策部からの召集に二つ返事で応じたのだが、いざ現場に来てみるとこれがどうも妙なのである。


 まず、事件の中核にある不正召喚の規模が小さい。

 様々な世界を飛び回ってきたが、そこにある不正召喚物は、それ自体ほとんど無害と言って良く、簡単に世界との癒着を切り離せるものばかりだった。世界に影響を与えているのは確かだが、そこには対策部が動かなければならないと思うような逼迫感がまるで無い。


 次に、召喚されるモノにまるで関連性がない。

 あらゆるモノに根を張って咲き誇る花。荒野のどまんなかに忽然と現れる都市の幻。市場の隅っこに転がるガラクタだらけの箱。生物の存在しない世界に降る血の雨――と、一見して無関係にみえるが、それらを詳しく分析してみると召喚の手法にが見て取れる。つまり同一犯であることはほぼ間違いない。にもかかわらず、召喚物の関連性、類似性、連続性、規則性、といったものが全く不明であり、これには調査班も首をひねるばかりであった。


 こんなことなら引き受けなければ良かったのだと思う。

 これでは捜査のアタリをつけることもできない。現場に行っても背景情報を浚って調査班の分析に回すほかに手立てはなく、ただ歯がゆさと徒労感ばかりが募っていく。


「こんな世界、さっさとしまえばいいのだ」

 ついに声が漏れた。

「そもそもなぜ我々が飛沫係の尻拭いに駆り出されねばならぬのだ」

 言葉にしてしまったが最後、それを導線にして胸にわだかまっていたものが吹き出した。

「おおかた愉快犯に決まっているのだ。さっさと犯人を見つけ出して潰せばいいのだ。犯人さえ処理できればこんな矮小な世界など、私の〈世界褶曲オリガミ〉で折りたたんでやるのだ」


 その世界は迷宮ダンジョンだった。

 それは比喩的な表現などではなく、言葉の通り世界そのものが一つの迷宮として存在していた。

 そして、この迷宮世界のどこかにある不正召喚物を調査するのが、渦瑠コールに与えられた任務だった。

 のだが――


「あの飛沫係共はどこにいったのだ!」


 薄暗い隧道ずいどうのような通路で一人、渦瑠は歯ぎしりをする。

 捜査協力として共同でこの世界に入った飛沫世界係ひまつせかいかかりの管理官が二人いたのだが、初歩的なトラップに引っかかるわ魔物の巣に入り込むわで散々手を焼かせた挙句、またもやトラップを発動させ迷宮の区画ごと大穴に落下したのがつい先程のことである。


 以降、二人の行方は知れない。


 この世界は、世界のともいうべき形而上構造けいじじょうこうぞうまでもが迷宮めいた作りになっており、どちらかと言えば戦闘向きな渦瑠一人ではいささか探索に難儀する。そのために案内役として飛沫係の二人が付けられたというのに、これでは全く意味が無い。

 渦瑠は目蓋を閉じて呼吸を整える。

 意識を世界の裏側に潜り込ませ、霧がかかったような形而上構造の向こうから微かに漏れる異界管理官特有の信号をキャッチする。

 位置的にはさほど離れてない。

 もう数層下といったあたりか。


「見つけたら顔とケツ穴がくっつくように折りたたんでやるのだ!」


 もはや自分がどこにいるのかもわからないし、わかったところでどのみち世界の果てまでこんな迷宮が続いているのかと思うと辟易してくる。

 渦瑠コールは石畳の床をも踏み抜くような足取りで、闇が佇む通路を邁進する。


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