捜査開始
巡回から戻った
二人の報告を聞き終えると、監督官はしばらくなにかを考えるように沈黙し、声色を正して言った。
「その件についてですが、多少――いや、大幅に事態が変わりました」
「と、いいますと?」
テトは首をかしげて尻尾を振り回す。
「報告にあった複数の世界における不正な異界召喚ですが、どうやらそれらは互いに関連性のあるものらしいと、調査部から報告がありました」
「つまり、同一犯ということでしょうか」
巡がそう言うと、監督官は首を横にふる。
「それはわかりません。ですが、それぞれの事例は独立したものではない、という見解です。現に不正な召喚が行われた世界同士で癒着が始まっているところもあるようで、このままでは大規模な世界崩壊を招きかねないとの懸念もあります。
ですから――」
そこで監督官はいったん言葉をとめて、真剣とも上の空とも判然としない態度で棒立ちになっている巡とテトの顔を交互に眺め、
「――フン」
ため息。
「なんなんですかぁ」
とテトが焦れたように先を急かす。
「当該の任務は正式に〈
「わあー、すごい、オオゴトですねえ」
まったく他人ごとであるかのように言う巡。
監督官はまた深いため息をこぼし、もうどうにでもなれというような口調で言い放った。
「あなたたちもその捜査に加わるのです」
数瞬の沈黙。
えええええええええええええっ!
巡とテトが綺麗に声を重ねた。
十万億土の果てまで響きそうな二人の悲鳴に、監督官はいっそう憂鬱な面持ちを深める。
「えっ、あの、もしかして、あなたたちって、私たちですか?」
巡は自分の間抜け面を指差す。
「でなけれは誰だというのですか。今、私の目の前にいるのはあなた達二人しかいないでしょう。
「だって僕たち、
尻尾の毛をふくらませたテトは驚愕のあまり変な方向に口を滑らせる。すべて事実とはいえ、あまりにもあんまりな自己評価である。
しかし、テトの発言はもっともであった。士気、統制、能力、実力、実績――と、何拍子も揃ったエリートたちの仕切る仕事に、巡やテトのようなものを混ぜたところで足並みを乱すだけなのは火を見るより明らかというものだ。落ちこぼれの見本と言われても「全くその通り」と開き直るくらいには図太く、悲しいほど現状に馴染んでしまっている二人であるが、それでも己の分をわきまえるくらいの理性は持っているのだった。
「そもそも、あなたたちに与えられた任務でしょう」
「いや、しかし――」
もごもごと言葉を詰まらせる巡をなだめるように、監督官は口調を和らげて言う。
「私があなたたちを推薦したのです」
え。と声を漏らした巡は、何か妙なものを見たというような顔で管理官の瞳を覗きこむ。
「あちらの隷下に入れというわけではありません。あくまで飛沫世界係からの捜査協力という形での関与になります。私は良い機会だと思いますよ? 久瀬さんもテトさんも、彼らの仕事ぶりから学ぶことは多いはずです。それにこの件で活躍を示せば、以降の待遇にも何かしらの影響があるかもしれませんね」
その言葉を聞いたテトの耳が、ピン、と音を立てそうな勢いで前を向く。
「それって、転属も有り得るということですか」
監督官はあくまでも興味のない様子を装って言う。
「それは人事委員会への申請が通ってからの話です。ですがまあ、申請の理由としては有効といえるかもしれませんね」
巡は言葉を失う。
どうしようもないお人好しだと思う。
目の前に居るこの上司は、うだつのあがらない木っ端管理官である自分たちに栄転の機会をあたえようというのだ。新人と言い張るこもできなくはない巡はまだしも、懲罰として飛沫世界係にやってきたテトでは到底叶わない願いだろうし、それは本人も重々承知しているはずだ。しかしそれでも、たとえわずかでも、名誉を回復することは出来るかもしれない。過ちだけの人物ではないと証明できるかもしれない。
もちろん、監督官自身の評価を上げるために一枚噛んでおこうという気もあるのだろう。だがそれならなおのこと巡やテトではなく、もっとマトモな者を選ぶべきなのだ。
それなのに――
「まったく。あなたたちのように手のかかる者は初めてです。こうも長く相手をしていると、こちらの神経がもちません。私にだって色々な仕事があるのですから、いつまでもあなたたちにかかずらわっているわけにはいかないのです」
それは全く本音だろう。しかし厭味ったらしい科白に反して、その口調はどこか優しい。
巡とテトは顔を見合わせて頷き合い、背筋を正した。
それを了解と捉えた監督官は凛とした声で命ずる。
「久瀬巡、テト・グロウラー・シャプトゥス、両管理官を飛沫世界域における〈
「久瀬巡、拝命しました」
「テト・グロウラー・シャプトゥス、拝命しました」
宣言する二人の面持ちはいつになく精悍である。それは緊張や興奮によるものか、はたまたただのやけっぱちか。監督官はその心奥をいまいちど値踏みするように、じっと二人の瞳を覗きこみ、満足気に頷いてその場を後にした。
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