終末戦争世界、終わらない歌:2

 二人は少佐を連れてテントの外に出た。


「みなさーん!」

 とじゅんは声を張った。

「今日ここで起きたことは、あまり他言なさらないように、お願いしまーす!」

 唐突に、クォ、と空を引き裂く音がした。

「敵襲ぅー! 退避ぃー!」

 それは迫撃砲の音に似ていた。

 戦場の空気が身体に染み付いた兵士たちは、反射的に地面に伏せた――が、しかしいつまでたっても爆発の気配は無い。泥まみれになった顔をそろそろともたげた兵士たちは、皆一様に目の前の光景に息を飲んだ。

 降ってきたのはヤドリギの杖だった。

 黄金の光を纏った枝が、沈みゆく太陽の輝きの中にあってもなお、ひときわ鮮やかに周囲を照らしている。

 展開した枝たちはサークルを描くように高速で飛び回っていた。その輝跡が琥珀色の糸となって回転軸上で絡まり、そこからして、空に向かって果てしなく伸び上がっていく。ロープは徐々にその太さを増し、最終的には数人の大人が手をつないでようやく一周できるような、太い柱になった。

「テト、お願い」

「おっけーだよー」

 まちくたびれた、というように応えたテトは、左右の拳に纏った籠手をガンガンと打ち付けながら、光の柱の前に歩み出た。

「せーのっ!」

 腰を深く沈めたテトは次の瞬間、爆発的な勢いで跳躍した。

 遠巻きに眺める兵士たちが感嘆の息を漏らす間もない速さでテトは空を駆け上がり、その衣の輝きは夕闇とともに登りつつある星々と見分けがつかないほど小さく遠くなった。


 上空で光が弾けた。


 砲火炎のような瞬きは光の柱に伝播し、その波がものすごい速さで地上に到達した。

 瞬間、地鳴りにも似た轟音がその場にあったすべてを震わせた。

「おい! 大丈夫なのかこれ!」

 巡の耳元に顔を寄せた少佐が叫んだ。

「目には目を、、です」

 落ち着いた声で返した巡の言葉は、不思議と鮮明に耳に届いた。


 それは天と地を繋ぐ一本の弦だった。


 震える弦がその勢いを失うのと同じようにして、光の柱も徐々にその輝きを失い、まるでドライアイスが昇華するように、光の粒子を放ちながらどんどん細くなっていった。

 固体のような密度で鳴り響いていた重低音は、光が散るにつれてその鳴りを穏やかにし、金糸のようになった一筋の光がついえると同時に、鳴り止んだ。

 長い沈黙の後、呆然として立ち尽くす兵士の一人が、口を開いた。


「歌が……聴こえない」


 歌声は止まっていた。

 風の凪いだ原野には耳鳴りがするほどの静寂と、無言のままに全てを飲み込もうとする夜の気配があるだけだった。

 安堵や畏怖にどよめく兵士たちに向かって、巡が声をあげる。

「みなさーん! 歌はひとまず止めました。これに懲りたら、もう戦争なんかしないようにしましょうねー。 約束ですよー!」

 それに応えるように、歓声が爆発した。奇跡的な光景を目の当たりにした兵士たちは半ば狂乱状態に陥り、ある者は歓喜を叫び、ある者は放心のまま滂沱し、またある者は巡とテトにむかってひたすら祈りを捧げていた。

 巡は少佐に向き直る。

「これでよかったのですね」

 少佐は無言で頷いた。その顔にはやはり、己の選択への迷いが見て取れる。

「大丈夫ですよ」

 そう言って巡は手を差し伸べた。

「あんなものがなくったって、あなたたちはもう間違えません。戦争自体はなくならないでしょうが、戦争は止められるものだってことを学んだのですから。だから、大丈夫ですよ」

 少佐は目を閉じ、大きく深呼吸して、

「そうだといいな」巡の手を握り返した。「ありがとう」



 去り際にテトが言った。

「ねえ、もう大丈夫なんて言ってたけど、巡、あの世界の因果律を操作したの?」

「んーん。してないよ?」

「それなのにあんなテキトーなこと言ったの? 無責任だなあ」

「そりゃあ、あの世界の因果律をいじって平和を作ることはできるわよ。でもそれって要するに、あの人たちのことなんかいっさい信じないってことでしょう。それってちょっと、傲慢じゃない」

 テトは皮肉っぽい笑みを浮かべて腕組みする。

「いやあ、それでも僕は平和なほうが良いと思うよお? だってあの人たち、絶対また同じ戦争やるもん。なんなら賭けてもいいよ」

 そんなことは因果を読むまでもなくわかりきっていた。天の啓示を目の当たりにしたところで、人の心の仕組みはそう簡単に変わりはしない。喉元過ぎれば熱さを忘れるのが人の常だ。

 しかし、

 それでも、

「別に、少佐が言う希望とやらを信じるわけじゃないわ」

「じゃあ、なにを信じるのさ?」


 巡は答える。


「私自身の願いよ」


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