◆新年参りの男達

(遅いな、あいつ)

 周辺に、甘い香の香りがし、煙がうっすら立ちこめる。あとは花の香りだ。

 年明けの神殿は、華々しく飾られていて、ひとで混み合っていた。


 砂漠の国とはいえ、ザファルバーンには四季がある。北方の山岳地帯と違って、平野部で雪が降ることはまずないが、それでも新年の頃はだいたい肌寒い。

 蛇の名を持つザハークは、その名もあってか、あまり寒いのが得意でない。あたたかい篝火のあたりで暖をとりつつ、くだんの男を待っている。


 ここは星の女神の神殿。

 隣国リオルダーナとは言語を含めおおまかに文化の被るザファルバーンだが、それでも、多少の違いはあり、リオルダーナ人のザハークには、ちょっとした異文化感があって、なかなか興味深い。

 神殿に来たからには祭壇に花を捧げるなどの礼拝の仕方の作法があるが、リオルダーナ人のザハークにも、大体その辺のことはわかるので、ちらっと周りを見て確認するだけで十分ついていける。

 一方、ちょっとしたどころでなく、おそらく全く文化圏の違う場所の出身のジャッキールだが、ザファルバーンの滞在歴がそこそこ長いので心得てはいたらしく、やり方はわかる、と言っていたので、ザハークは彼を放置していた。

 が、さらっと作法通りの所作を済ませてひとごみから逃れてきたザハークと違って、なかなか祭壇から戻ってこないジャッキールだった。

(やり方がわからなくて迷ってそうだな)

 と思い始めた頃、ようやく人混みから戻ってきたジャッキールを見て、ザハークは思わず苦笑してしまった。

「遅かったな。作法がわからんのかと思ったぞ」

「失礼なことを言うな。それくらいわかる。ラゲイラ卿のところにいた時に、だいたい教わっているからな」

 ジャッキールは憮然としていたが、なにか咳払いをしつつ、

「とはいえ、ラゲイラ卿は俺と似たような文化の出の人だったので、儀礼的なことはほぼそっちの教会だったからな。実際にここに新年参りをしたのは初めてだったので、周りの人にやり方を教えてもらっていた」

(やはり、途中で所作がわからなくなっていたぽい)

「あと、何か頼んで良いときいたから、頼み事をしていた」

「まあそうだが、そうだとしたら、お願い事が長くないか?」

「黙れ。頼むことが色々あるのだ」

(なんだ。こいつ)

「文章化して手帳に書き付けてくれば楽だったな」

 次はそうしよう、というジャッキール。

(なんだこいつ。神頼みはしない主義なのではなかったか?)

 ツッコミが口に出そうになるのを、いったん、珍しく遠慮しておくザハークなのだった。


 新年。

 ゆっくりするのは好きだが、退屈がすぎる。寝るのにも飽きたザハークは、王都の新年はどうなのだろうと思い、正月気分を味わいたいとかいう理由で、隣のジャッキールの部屋を襲撃。嫌がる彼を無理矢理街に連れ出していた。

 年末に室内をこれでもかと掃除していたので、快適かつ秩序に満ちた環境で新年を迎えていたジャッキールは、室内の快適さのあまり外に出たくなかったのだが、ザハークに部屋に居座られても困るので(汚されるから)、仕方なしに彼に連れ出されることにした。

 ザハークとしては、一人で遊びに行くのもなんだし、案内人も欲しいので、手近なジャッキールを引き摺り込んだ次第だ。人見知りの激しいジャッキールだが、そうとはいえども、彼の方がこの街には詳しい。人の混んでいない目的地までの道程や美味い店など、連れて行くと役に立つ。

「ルーナ女史となぜ行かん」

 ジャッキールは憮然としていたが、

「ルーナとは昨日別のところに行ったぞ。今日も今日とて暇なので、そこでリーフィ嬢に案内を頼もうとしたのだが、あの娘は忙しそうだからな。仕方ないからお前に頼んだ」

「は? 貴様、何をひっそりリーフィさんと!」

「リーフィ嬢とは、たまに二人で遊んだり、飯を作ってもらったりしているぞ」

「は? な、なんだと?」

「安心しろ、下心はない。あの娘、料理がうまいし、一緒にいると和むからなー。エーリッヒも、よく二人で買い出ししているではないか」

「いや、確かにそうだが。新年とか。いや、まて、飯を作ってもらう? は? な、何を貴様、静かにぬけがけ……っ!」

 どうもリーフィを巡っては、男達の間で水面下で競争が起こりやすい。

 ともあれ。

 そんな調子ながらも、ジャッキールは基本面倒見の良い性格なので、渋々ながらも案内はきっちりする。せっかくなので、興味があると言う、ここの神殿にも案内してきたわけだった。

 しかし。

 ザハークは、ジャッキールは祭壇まで来ないと思っていた。

(エーリッヒが神頼み? 変わったな)

 ザハークは、そんなことが気になる。

 ジャッキールといえば、普段はいわゆる無神論者。昔はどうだか知らないが、色々あってからの彼は、神も信じぬ救われぬ男、ジャッキールで通っている。

 しかも、彼にとっては明らかに異国の金星の女神の神殿。今まで通っていたわけでもないだろう。

 そこそこ付き合いの長いザハークは、彼がそういう男だと知っているので、いろいろ突っ込むところがあるのだった。

(なんだこいつ。前にいってたのは、ただのカッコつけの病か? まあそうかもしれないが)

 過去の言動を知るザハークとしては、素直にそれくらいの感想をもっても許されようというものだ。

「なんだ? 何か言いたいことがあるのか?」

 怪訝なのが顔に出ていたのか、ジャッキールがむっとして尋ねてきた。

「いや。貴様に、そんなにたくさん何を願うことがあったのかと思ってな」

 ザハークは肩をすくめた。

「何も望みはないだの、昔聞いたぞ」

「近頃は違うのだ」

「ほう」

「とりあえず、三白眼とネズミには更生して真人間になって欲しいし、リル殿下は報われて欲しい」

「うむ」

「あと、三白眼とリーフィさんの距離が今年こそ縮まってほしい」

「あー」

「いや、もう、そろそろもっと縮まってもいいころだろう。貴様もそう思わないか?」

「あー、あれはなー。のんびりしているからな」

 ザハークは、彼の願い事に苦笑する。

「まあ概ね同意するが、意外とまじめで暑苦しい内容だなあ」

「何が暑苦しいだ」

「貴様、神は信じないのではなかったのか? 神頼みはしないとかなんとか聞いたが?」

「それとこれとは別だ。変えられるのは、自分の性格と未来だけときくが、本当にあいつらの場合難題すぎて! 最近しみじみ感じるのだ。となると、もう正直、俺は現実的にはどうすることもなく、ここはここの管轄の神に頼むのが良い気がしてきたのでな」

 というジャッキールは大真面目な顔をしている。

 ますます笑いそうになるが、ここで笑うとジャッキールは本気でキレそうなので、ザハークは思わずにやつく程度に抑えた。

「それに一番の難題がある。それを実感したからこそ、もはや頼む他ないと思ったのだ」

「なんだそれは?」

 きょとんとするザハークを、ジャッキールが睨む。

蛇王へびお、貴様だ!」

「俺?」

 ザハークが大きな目を思わず瞬かせる。

「うむ、貴様には常識というものを心得てもらいたい! 今年こそ! 頼んでも無理そうなので、神頼みした」

 真剣なジャッキールの顔に、ザハークはとうとう堪えきれなくなってしまった。

「ふははっ」

「な、何がおかしい!」

「いや、な、悪いがエーリッヒ。それは頼む神が違うと思うぞ。おれの管轄は金星よりちょっと別のだな……」

 まあまあ、とザハークは肩をすくめた。

「この辺は、北方から来たお前には概念がわからんかー。また話してやろう」

 そんな態度にジャッキールはますますむっとしている。ザハークにはそれが楽しくてならないらしい。

「しかし、三白眼とリーフィ嬢については、ここの女神に頼むのが良いと思うぞ。まあしかし、なんだ、あの神の時間はゆっくりだから、こっちから急かさないと叶えてくれないかも」

「そういうものなのか?」

「そういうものだとも」

 ザハークはニヤッとして、

「まあ良い。そういう話は、ここから出たところでうまいものでも食いながら、地元民の俺がちゃんと講習してやる」

「貴様も地元民ではないだろうが!」

 ジャッキールは不機嫌になるが、ザハークはもはや話を聞いていない。

「ふむ、甘くてあたたかい飲み物が良いな。待っている間に体が冷えた。エーリッヒ、貴様は甘くてうまいものは特に詳しいだろう。案内しろ」

「いや、貴様、聞け! 貴様、そういうところが!」

「俺は頭が痛くなるほど甘くても平気だが、甘さ控えめも良いな。香辛料を効かせてな」

 ジャッキールの願いは新年の願いは、管轄違いのせいか、なかなか聞き届けられそうにないが。


 男達の新年は、騒がしく平穏にすぎてゆくのだった。

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