〇バラズと無口な弟子たち

 ファリド=バラズは、人付き合いがうまい方だと思っている。基礎が温厚な彼は、割と誰とでもうまく話せるし、年の功でうまく切り抜けることだってできる。みかけの好々爺ぶりもこういう場合は得。それに、いざとなれば、彼はもともとは賭博場に出入りしていたような、ちょっと極道な男なので、こんなかわいげのあるジジイのふりをしてそれなりに色々やってのけられるのである。

 が、そんな彼をしても、やはり苦手な状況というものはある。

 それがこれ。

 今日はちょっとこじゃれた小料理屋にきたバラズだ。

 それも、とある男と会うためで、その為におなじみのリーフィを連れてきた。

 相手がそれなりの身分のものであるので、バラズにしてもちょっと高価なお店で、今日は個室。しかし、今の彼にはこの個室というのが問題だった。

 静まり返った個室。

 目の前にいるのは上品だが無骨な感じの壮年の男だ。

「ラ、ラダーナ将軍も相変わらず息災そうで何よりですな、ははは」

「バラズ殿もお元気そうでなにより」

 思い切って一言話すと、ザファルバーン七部将の一人、カルシル=ラダーナがぽつりと返す。

 で、また無言の時間。

(リ、リーフィ、何かしゃべってええ)

 バラズは助けを求めて隣のリーフィをちらりと見るのだが、普段は勘の鋭いリーフィが、こういうときだけ何故か鈍感だ。

 

 ザファルバーン七部将の一人、カルシル=ラダーナとバラズが知己を得たのは、もうそれでも現王のシャルル=ダ・フールがまだ東方遠征を行っていた時だ。

 当時の王のセジェシスの密命を受け、東方遠征についての記録を残すようにいわれた、当時史官であったバラズだったが、遠いリオルダーナ国境付近で戦闘するシャルル=ダ・フール王子の情報を得るのに同行するのは困難であった。それはセジェシスも織り込み済みの話なので、随行する王子の側近を紹介するので、彼にこっそり教えてもらえ、とのことであった。

 それで、紹介されたのがカルシル=ラダーナ将軍だった。

 そして、その時にバラズの秘書のようなことをしていたのが、まだ当時は妓楼にいた頃のリーフィであって、そのころから彼らはよく見知った仲である。

 実は今リーフィの働いている店に金を出している、いわゆるオーナーだとかスポンサーだとか、そういう存在がラダーナなのであるが、飲食店経営などまったく門外漢の彼は、実際の店がどうなっているかをほとんど知らない。流石にリーフィがゼダに身請けされそうになった後は、そのようなことが今後ないようにと気を付けるようになったものの、いまだに商売などよくわかっておらず任せっぱなしである。

 とはいえ、そういう縁もあって、リーフィとラダーナとバラズは、時折こうして会合するのだった。

 リーフィとラダーナは、ともにバラズに将棋や文章を習ったことがある弟子同士というつながりもあるのだ。

 ところで、このカルシル=ラダーナ。

 ラダーナ将軍といえば、精鋭ぞろいの優れた部下を持つことで有名。思慮深いが無口で主張は少なく、忠誠心は厚く、そして個人としての戦闘能力も高い男だ。

 が、いかんせん無口。

 しかもそれにくわえて、この仮面のような無表情さ。

 文通をしていた為、バラズは実は彼は筆を持たせると雄弁だということを知っているが、それでも顔を合わせて話してみるといつだってこうである。別に怒っているわけではない。

「ラダーナさまもおかわりなさそうですわね」

 ふと、リーフィが割って入ってきた。

「ああ。リーフィ殿も何か困ったことはないだろうか」

「ありがとうございます。おかげで問題なく平穏に過ごしていますわ」

「それはよかった」

 ほっとしたところで、再び沈黙の時間。

(え、そこで終わるの。もっと、話を続けてくれてもいいんだよ)

 そういえば、リーフィだって無表情な子なのだ。

 ただ、別にリーフィは無口というわけではない。バラズとなら普通に会話がつながる。しかし、ラダーナとはいつもこうなのだ。

 しかし、ここで大問題なのは、リーフィは別にここでこの沈黙の時間を気まずく思っていないらしいことにある。

 彼女は、別に無口ではないのだが、特に必要がなければ話さなくても構わない子なのである。

(私だけなのかなあ、この、沈黙の時間がつらいのは……)

 ファリド=バラズは色々な対処法を考えたりしてみるのだが、いつもそれは空回りしてしまう。

「いやあ、この魚料理、実に美味だねえ。王都は新鮮な魚介類も豊富だし、味付けもいいお店が多くて、食べ物には困らないよ」

 そんな風に盛り上げてみるものの、二人はこくりとうなずくぐらいの反応。

 静かに料理をつついたり、お茶をすすったりするばかり。

 しかし、気まずいのはきっとバラズだけなのだ。リーフィに聞いてもラダーナに聞いても、大体後で「今日は楽しかった」というのがいつもなのである。この二人、ろくろく言葉を交わさないが、なにやら通じるものがあるらしく意思疎通が妙にできているらしい。

 バラズにも、その方法を教えてほしいものだった。


 バラズは、今日も彼の長年の経験が通用しない状況に困惑しつつ、次にリーフィを連れてラダーナに会うときは別の誰かを引き込んでこようと思うのだった。

 今のところ、人選が思い浮かばないが。

(本音をいうと、あの三白眼のヤツを連れてきて地獄を味あわせたい)

 腹立たしいが自分と似たような反応をしそうな、リーフィに何かとちょっかいを出してくる気にくわない三白眼の男を隣に座らせて、空回りするのをみて嘲笑いたい。

 そんな意地悪い欲求にかられつつ、この気まずい空気を乗り切るファリド=バラズ=シーマルヤーンなのであった。

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