〇デキる男の筆(ペン)選び
「やっぱさ、イケてる男はいい筆記用具持ってないとだよね」
「は?」
いきなり押し掛けられてそんなことを尋ねられたジャッキールは、思わず眉根を寄せる。腐れ縁で何かと家に上がり込んでくる猫のような男、じっとりとした三白眼とくるくる巻いた癖毛が特徴の、住所不定無職のシャー=ルギィズは、普段は愛想いいのだけが取り柄だが何となく不機嫌だ。
「いやさあ、オレも社会人としていい感じの筆記用具持とうと思って。オシャレじゃん」
大体、社会人などという言葉とは無縁なこの男がそういうことを言い出すときは決まっている。
「貴様、何かに当てられてきたな」
ジャッキールがため息をつきながらそういうと、シャーはむうと口を尖らせてこれまでの経緯を話すのだった。
シャー行きつけの酒場には、リーフィという踊り子の娘がいる。
無表情であまり愛想良くないのが玉に瑕だが、こんな場末の酒場にいるとは思えないとびきりの美人で、気立ても良い。基本的に感情表現が乏しいが、その分舞踊の時には情感があふれて見える。
色々あって、今ではシャーともとっても親しいが、シャーの方が一方的に入れあげているような感じ。でも、二人の仲はとても良い。
なもので、シャーは二人の中に割って入ってくる客が露骨に嫌いなのだが、その中でも天敵があのジジイ。
「バラズ先生は筆入れも
「ははは、まあねえ」
この男こそ、天敵のファリド=バラズ。リーフィとは古くからの知り合いで、保護者のようなものだけに、シャーには特に牽制してくる。
気のいい好々爺を気取っている彼は、長年文官をしていてその教養を使って私塾の先生をしている文化人だ。評判もいいし、性格もよい。
が、シャーは、このジジイが実は若い頃は鉄火場で遊んでいたという曰く付きの男であることを知っている。
だからこそ、天敵なのだ。そもそも素養がある男なのに、実はのっぴきならぬ不穏さがある彼は、こう見えて何かと趣味が良いのだ。
ところで、この国にも携帯用筆箱はある。
普通の筆箱は、細工などを施したりしてきらきらさせたりしたものを手元などに置いたりしているが、それを小さくしたのが携帯用。通常、細長い箱に入っていて、ペンとインクが詰めてある。
そして、今、目の前のバラズがリーフィに見せびらかしているのが、まさにその筆箱。文化人かつ曰く付きの男である彼の持ち物はさすがにシャレている。この国で葦や竹のような植物を削った筆を使うことも多いが、バラズは羽ペンをいれてきていた。使っている羽も猛禽類のもので良い感じだが、周りの小道具類も良い。
「流石は先生ね。とても素敵だわ」
「ふふふ、それは嬉しいね」
と、そこでバラズは、先ほどから不機嫌に彼を睨みつけていたシャーをチラ見した。
「そこの三白眼も、一人前の大人の男なら趣味の良い筆記用具くらい持っているだろう? なにせ、リーフィとつきあうくらいだから」
といいかけて、バラズはわざとらしくにたあっと笑った。
「ああ、これは失敬。お主みたいな、価値のあるものは即質入れするような男には無縁の話だったな。はっはっは」
「悔しいっ! あんなジジイに馬鹿にされるなんてっ!」
事情をきいてジャッキールは、やや呆れ気味にそれをみやる。
「しかし、実際、持っていた筆記用具は軒並み質入れしたんだろう?」
「そうだけどっ! 図星さされると余計悔しいっ! くそう、オレも超素敵な筆記用具持ってリーフィちゃんに大人の男として認められたい!」
「しかしだな、相手はあのバラズ殿だろう? 文化人というだけでも分が悪いのに、もともとは色々ある御仁だ。そんなどう考えても瀟洒な男を相手にしても、お前では勝ち目ないだろう」
「だからダンナに相談してるんじゃん!」
「普段人のことをもさいだのなんだの言っている癖に」
ジャッキールは眉根を寄せつつ、ため息をついた。
「で、どうせ、新しいのを買う金はないので、俺が何か良いのをもっていたら、貸してくれとか、譲ってくれとかそういう話だな」
「流石ダンナ飲み込みが早いね!」
「そろそろ付き合いが長くなったからな。その図々しさに対して、怒りも湧かなくなってきた」
ジャッキールは疲れたような様子を見せつつ、
「それで、どれが良い?」
「どれって?」
「好みだ。色々なものがあるからな。葦で作ったものは、装飾こそ少ないが、種類はたくさんある。羽ペンに至っては、使う羽の鳥の種類もたくさん。また専用の削り用の刃物にもこだわりがある。筆入れにはインク壺つきとスタンプつきなどがあるが、それぞれに好みの装飾をつけたりしてな」
一気にべらべらっと喋りだすジャッキールだ。何やら棚のあたりからごっそり木箱を取り出してきている。
「まあー、かくいう俺も筆記用具にはこだわりがあるので、発注したり貰ったりしたがイマイチ持ちづらく、使っていないものもたくさんあるのだ」
(アレ、もしや、コイツ、剣とか集めてるのは知ってたけど、筆記用具にもうるさい男なの?)
なんか話が長くなりそうだ。
「まあ、俺などは黒い服を好んで着るので、この烏の羽を作ったものなどもお勧めだな。書き味的には別の羽の方が好きだが」
「そうなんだ、まあ、似合ってるよ。うん」
「なんだ、急に興味なさそうな態度だな」
「いや、その、ダンナの熱意に押されてるんですよ」
適当に流そうとしていたのを見抜かれたと思ったらしいシャーは、慌てて誤魔化しつつ。
「しかし、そう考えると、結構揃えるもの多いんだなあ。ダンナのなんか、削るための短剣も数種類もあるじゃん」
「お前は持たないのか?」
「いや、オレは手持ちの短剣でしゃしゃーっと。短剣以上の刃物を持つのは、この国の成人男子じゃ常識でしょ。ペンも削れば、果物の皮も剥くって」
「なんと嘆かわしい!」
刃物マニアのジャッキールは、あからさまに不快そうな顔になる。
「いやー、普段はなんか書き物するときは、お店のペンとかつかうし、そんな不便なこと少ないんだよね」
「もうそれなら持たなくても良いのでは?」
「それはダメだって! あのジジイに煽られたわけだし、それにだよ、オレも手紙の代筆はするんだからさ。言われて気付いたんだよね。確かに自分専用持ってる方がデキる感じするって! 感じだけだけど」
王都の識字率はかなり高い方だ。とはいえ、手紙などの長い文章については、代筆や代読の需要はある。普段は酒場で周囲にタカってばかりのシャーだが、代筆や代読のお礼として酒の一杯くらい奢ってもらうのも貴重な収入なのだった。
「大人の男のオレによく合うオシャレなやつ、なんとか選ばなきゃー」
「それは俺に聞いても無理な話だろう。俺もデキる大人の男の渋いものが欲しいのだが、店にあるときはそう見えても、買って手元にあると急にもさい感じがしてしまうのだ」
「んあー、それはわからんでもないねえ」
自分よりは多少マシではあるけれど。
シャーがそんな風におもっていたところ、ふと、とんとんと扉を叩く音が聞こえた。
ジャッキールが慌てて対応すると、ちょっといい感じの香りがふわっと入ってくる。
「おや、これはリーフィさん」
「ジャッキールさん、こんにちは。シャーが来ていないかしら」
「ええっ、リーフィちゃん?」
そこに現れたのは当のリーフィだった。
「やっぱり、ジャッキールさんのところにいたのね」
リーフィはちょっと微笑んで、
「バラズ先生との話聞いてて思ったの。そういえば、シャーは代筆もたまにしているけど、筆記用具持ってなかったなって。それでね、これ、私が使っていたものだけど、よかったら使って」
そういってリーフィが差し出してきたのは、葦でできたものだが表面に少しだけ細工がしてあるものだ。青い顔料が流し込んであって、なかなかおしゃれである。
「これなら、男の人でも使いやすいでしょう」
「うわー、マジで!! リーフィちゃんありがとう! さすがリーフィちゃん、超趣味がいいよー!!」
盛り上がるシャーと微笑むリーフィを尻目に、やや置いて行かれ気味のジャッキールはため息をつくのだった。
「さすがは、リーフィさん。実に趣味がよいが……」
しかし、結局、目当ての女の子にもらったものが一番いいとか、そういうのはデキる男としてはどうなのか。
というか、自分の立場は一体。
それを考えると負けな気がするので、ジャッキールはそこには目を向けないことにした。一体、自分はなにゆえに目の前に筆記用具を散らかして相談に乗っていたのだろう。
(しかし、あの筆、実に良い感じだ。ああいうのを持っていると、デキる感じのする男になれそうな気がする。俺も後で相談しよう)
目の前で浮かれるシャーに呆れつつも、そんな現金なことをうっかり考えてしまうジャッキールなのだった。
筆記用具からデキる男になる道は、険しいのである。
※ペーパーウェル04「文房具」に参加したものに加筆しました。
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