〇流行りのお店


 王都で流行ってるという噂の店の前を通りがかった。といっても、シャーにはそんな店に用があるはずもない。

「うわ、なんかすげえ並んでる」

しかも年頃の女子。噂によると美味しくてお洒落なお菓子を売る店だとか。ひょいと覗くと、なるほど綺麗な色がつけられた薔薇の花の形の菓子やピスタチオの緑が目に眩しい。

 となると、ますますもってシャーには用のない店だ。

  流行りの店とかいうのは、お菓子屋だ。そもそもシャーは食べ物に対して、そんなに過剰に興味はない。美味いに越したことはないが、おごられればなんでも食べるし、見た目が綺麗だとかどうでもいい。

「確かにかわいーけど、菓子なんて食えりゃそれでいいのになー。第一、あんなに可愛いと逆に食欲なくなるっていうか?」

 とかなんとか言いながら、シャーはあくびをして通り過ぎようとしたが、ふと足を止めた。

 通りの角に何か見覚えのある黒い奴が見える。

「ん? んん?」

 関わりたくない感じだが、なんとなく見覚えのある長身痩躯。

 そろそろと近づいてみると、なにやら壁に背をつけて店の様子を覗いている男が一人。しかも、やはり見覚えがある。

(うわあー、ジャッキールだー!)

 店が気になるのか物陰に隠れてうろちょろしているのは、どう見えも不審人物。しかも、青白い顔で、強面だが無駄に男前なのが、余計に怪しくさせている。

(覗くんじゃなかった! 関わらないようにしよう!)

 シャーがそう思ってきびすを返そうとした時、まずいことに彼の気配に気づいたのかジャッキールがシャーの方を見た。

 うっかり目が合ってしまう。

(おうわっ! やべえ!)

「おおっ! 貴様もいたのかっ!」

 素早く逃げようとしたが、ジャッキールは、彼に気づくや否や距離を詰めてきた。普段はおっとりしているくせに、彼の癖に挙動が早い。

「さすがは情報通だな、並びに来るとは」

「いっ、いや、どうみても通りがかっただけだよね」

 そんなことをいって逃れようとするのだが、がっと肩を捕まれて逃げられなくなる。こういう時のジャッキールとは、正直関わりたくないのだが、時すでに遅し。

「良い時に来てくれた。少し頼みたい事があるのだが」

「うわぁ、ダンナにしては超積極的だねえ」

 話を聞いていない様子で、そんなことを畳みかけてくる。すでに嫌な予感しかしない。第一、目がヤバイ。

「お前もさては買いに来ていたのだろう、アレを! いや、本当に、アレはあまりにも愛らしく美味だからな! わからんでもないぞ!」

 頭わいてんのか?  とか呟きそうになったが、ジャッキールは真剣で、茶化すと怖くなりそうだ。

「あ、アレってなにさ?」

「何? 知っていると思ったのだが、まだ知らんのか! 遅れているな!」

(アンタだけには言われたくねえよっ!)

 思わずムッとしつつ、シャーは髪の毛をぐしゃっとまぜっ返しながらため息をつく。

「だってー、きょーみねーもん。可愛いお菓子のお店なんかさー。男は質より量だろ?」

 そういうとジャッキールはため息をついて首を振る。

「そんなのだから、貴様は駄目男認定されるのだぞ。あのネズミなどは、さらっとそういうものを買ってリーフィさんに渡しているというのに」

「ええっ、あの野郎、そんなことしてんの?  抜け駆け!」

 といいつつ、ちょっと考えなおして、

「い、いや、でもどうせリーフィちゃん、大して可愛いお菓子とか興味なさそうだしさ。反応薄そうじゃん」

「お前はアレを知らんからそういう。アレは動植物を象った菓子なのだ。で、リーフィさんの少し斜めな好奇心をがっちりと掴むようになっていてな。なにせ、少し珍しい動物をかたどったりもしていたぞ。カワウソとか蛇とか、砂漠にすんでいるとかいうねずみとか」

「えええっ、何それ反則じゃんっ!」

 シャーが摑みかかるが、あっさりジャッキールに跳ね除けられる。

「待て、案ずるでない!」

 キラリと歯を見せつつジャッキールは笑う。

「しかし、流石のネズミも今日発売の新作には手を出しておるまいから、今日新作を買えば挽回できるのだぞ」

「そ、そうか」

(なんで、この男、こんなにドヤ顔する時あるんだろ……)

 その顔を見て一瞬冷静になってしまったシャーだった。が、冷静になったところで、あることに気が付く。

「あれっ、でも、ダンナはどうなわけ? リーフィちゃんに買いに来たの。そういうことなら、オレ達敵じゃん」

そう尋ねられて、ジャッキールは、はっとした。

「い、いや、俺は、だな……」

 急にもじもじしてジャッキールはぼそりと呟く。

「俺は、……じ、自分用……」

「は?」

「自分に買いに来たのだが、あの列には入れなくてな……。いや、さすがに俺のような男があの女性たちの列に飛び込むのは、勇気が……」

 などと、少し赤面しつつ言う彼は、シャーには特には可愛くない。

 冷静になりついでに、興味を失ったと同時に、一緒にならばされそうな危険な気配を感じたシャーは、そのままくるりと向きをかえた。

「それは大変だね。それじゃオレはこれで……」

「待て」

 逃亡を試みようとしたところで、ジャッキールの鋭い視線にぶつかる。

「協力してくれるなら、菓子の一つや二つは貴様にくれてやって良い。リーフィさんの手土産になるぞ」

「いやでも、リーフィちゃん喜ぶかどうかわかんねえしさ」

 よくよく考えると、あの娘のツボは明後日だ。ウケ狙いはそれなりに危険だ。

「酒も奢る」

 間髪入れずにジャッキールが付け加える。

「ついでにいえば飯も奢る!」

「お、おう」

 どーんと迫力をもってそんなことを言うジャッキールだ。

「そ、そこまで言うなら、ま、まあ」

 気おされつつ、シャーは思わず答えてしまう

(おごってくれる宣言してくれてるのに、この喜びのなさはどうよ。っていうか、今日のダンナから逃げられる気がしない……)

 そうまでして買いたいものなのだろうか。

(その執念に、オレ、ひいちゃうわー……)

 ジャッキールにあきれつつ、シャーはため息をついた。

「で、でも、オレじゃどんなのがいいかわかんないから、結局一緒に並ぶ感じじゃない? いいの、ダンナ、並べる?」

「それで良い。この際、一人でなければ大丈夫な気がしてきた。二人いれば心強いぞ!」

「そーですかー」

「うむ!」

 ジャッキールが何やら真剣な表情で頷く。

「でもさ、そんなにかわいいお菓子食べたいわけ?」

 そんな風にきいてみると、ジャッキールは首を振った。

「食い物に対して執着の薄いお前にはわからんだろうが、一人、綺麗な菓子を愛でつつ食べるのは至福の極みなのだぞ」

 ジャッキールは、ごくごくまじめな顔でそう告げる。

「特に深夜! ああ、これ以上食べてはいけない! とか思いながらも、『時間を置いて不味くなっては職人に失礼だ』と自分に言い訳して食べた甘味は、なんと背徳的に甘美なことであろうか……」

 どこかうっとりしつつ言う彼に若干引きつつシャーはため息をついた。

「そ、そんな迷うぐらい買うなら、いくつも買うんでしょ? んじゃあ、手土産のフリして大量に買ったら恥ずかしくないんじゃね?」

 そんなことを言いつつ、いやでも、ジャッキールの風体で、あんな可愛らしいお菓子を持っていくのもどうか。

(店のヒトもかわいそうに。オレなら絶対笑うな)

 そんなシャーの感想をよそに、ジャッキールは嬉しそうな顔になった。

「おおっ! それは妙案だな! どうせ、俺は自分用に五個以上は買っていく予定だったが、十以上買えばいいのかっ!」

(そんなにもかよ)

 何やら晴れ晴れとした顔でジャッキールはいうと、店の方に目を向けた。

「では、いざっ!」

「いざって……。かーっ、もうしょうがねえな。腐れ縁どうしようもねえ」

 シャーはやれやれとため息をつきつつ、ジャッキールにつきあうことにした。

 並ぶとやや浮いている気もするが、これは気にしたほうが負けだ。間近で見る菓子は、猫や犬の形をしていて確かに可愛らしい。新作とは、あの猫とか犬とかの菓子のことらしい。

(っーたく! なんでそんな手の込んだ外見の食いたいのかねえ。食ったら全部一緒なのになあ)

 そんなことを思いつつ、リーフィがそれでも喜んでくれるならよいかとシャーは思うことにした。


 しかし、シャーはまだ気づいていないのだ。

 新作のお菓子の名前には、『猫さん』だの『にゃあにゃあ』だの『わんちゃん』だの、そんなものがついていることに。絶対にそんな商品名を言えないジャッキールの代わりに、シャーがすべて言わされることになろうとは、まだ、彼は気づいていない。

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