〇魚をならべる昼下がり

※エルリーク暗殺指令前編14話ぐらいまで読了後推奨です。


「うわ、カワウソだな」

 唐突に言われてアイード=ファザナーは、ぎくりとして背後を振り返る。そこには金の長髪を無造作に束ねた人物が立っている。

「なんだ、ゼルフィスか。脅かすなよな」

「別に脅かすつもりじゃないんだけどさあ」

 といって、ゼルフィスはまじまじとアイードを見る。

 アイードは、執務室の隣の窓辺でせっせと小魚の丸干しを作っているところだった。政務の合間に見回りにいったら、顔なじみの漁師たちに小魚をもらったのはいいのだが、一人では食べきれないので干物にしているらしい。

 が、仕事中に何をやっているのだろうこの男。向こうの机には、山ほど書類が積んであるのに。

「なるほど、確かにカワウソって呼ばれるだけあるよな、大将は?」

「な、なんだよ。言っとくけどさあ、俺がカワウソって呼ばれてるのは、仕事中に机の上に書類を並べてたり、詩を作るにあちらこちらに参考本並べてたりするからで……。獺祭魚ってそういう意味だって……」

「え? でも、私は三白眼のヤツから、仕事中、船の上でよく干物や果物の乾物作ってたからだってきいたんだけどな」

「ええ、何、あの人、そんなことお前に言ってんの? ちっ、他人のこといえねえくせにさあ」

「まーいいじゃねえか。あ、これもらうぜ」

 アイードはむくれるが、ゼルフィスは構わず近くに置いてあった瓶に入っている焼き菓子に手を伸ばしてもぐもぐと食べる。ナッツの入ったそれはなかなか美味だ。アイードは料理も趣味で作ったお菓子をよく持ち込んでいるのだが、自分が食べるより周囲に食べられている。

「ま、私は好きだけどなー、あんたのつくった干物も。塩加減ちょうどいいし。あ、もちろん、コレも好きだぜ。甘さもちょうどいい」

「それは褒めてくれてるのかな。それだと嬉しいんだけどさ」

 アイードは魚を干し終えると、ため息をついてあたりを片付け始める。

「まったく、あの腐れ三白眼、自分もさぼってるくせに、俺のことだけ殊更ひどくいうんだからー。たるんでるとかなんとか。俺は、平和な世界を日々平穏に堪能しているだけなんですー」

「平穏にねえ」

 とゼルフィスは菓子を飲み込んでしまってから、ふと言った。

「でも、私はたまには昔みたいな目つきの大将(アンタ)も見たいけどなあ。勿体ねえよなあ、みんなアレ知らないのさあ」

「何が……。ただの強面なんだよ、俺は」

 うんざりとため息をつく彼に、ゼルフィスは無心にぼそりとつけくわえる。

「痺れるぐらいカッコイイんだけどな、あれ」

「へ?」

 小声で聞こえなかった。

「なんかいったか?」

「お、別の菓子入ってんじゃん! 新作? これ、もらうぜ。大将!」

 ゼルフィスは人の話など聞かない。別の瓶にいれてあった新作の焼き菓子に気づいて、そちらに飛びついてしまった。

(なんか、今、すごく褒められた気がしたけど)

 アイードはそう思い返しつつも、

(まあ、多分俺の幻聴だな)

 ため息をつきつつ、アイードはうんざりと机の上の書類を見やった。むしろ、書類が魚であれば、楽しく仕事ができるのに。

 そんな風に考えてしまいつつ、アイードは仕事に戻るのだった。

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