◆(〇)カワウソと干物と彼の主君
「カワウソ……」
いきなり後ろからぼそりと呟かれて、干物を作っていたアイード=ファザナーは跳ね上がった。
振り返ってそこにいるのは、今日はそんなに仰々しくない服を着ているので一般人に激しく紛れている主君だった。いつ見ても目つきが悪い。
「な、なんですか?殿下」
アイードはいつの間に背後に回られてたのかと不気味そうに、例の三白眼を見やる。
「いや、似てるなあって思ってさ」
お忍びで視察中……ということになっている彼は、にやにやしながら言った。
アイードは、正直コイツが苦手なのだが、まあ主君なのであまりぞんざいな扱いもできない。今の彼は、ただのシャー=ルギィズという不逞の輩でもないので、こういう時は厄介なのだ。
「え?何がです?」
「アイードこそ何してるのさ?」
「俺は、ほら……」
とアイードは、目の前の網の中の魚を見る。
「部下が趣味の釣りで大漁で魚をくれたので、保存食にと思って干物にしてます」
「ここ、なんの上さ?」
「王都の川に浮かぶ船の上ですね」
「船は船でも、これ軍艦だろ」
シャーは呆れたような顔になっていた。
「七部将の一人である、ご立派な将軍がなんで軍艦の上で干物作ってるのか説明してほしいね、オレは」
「何故って、そりゃあ、岸辺よりこちらの方が虫が少ないですし、今はしばらく動く予定がないですからね」
有効活用しようと思って、などと、アイードはひたすらのんきなことを言う。
平然とそんなことを言っているが、叔父のジェアバードやハダートにばれると、怒られてしまいそうだ。
(本当、のんきな奴だなー。叔父貴とえらい違いだ)
シャーはそんなことを思いながらため息をつく。叔父のジェアバード=ジートリューはもっと覇気のある男なのに。赤い髪以外の共通点がない。
「殿下こそ、なんで私がカワウソなのかお答えいただきたいんですが」
「いいじゃん、カワウソ。可愛いし、聖なる獣だよ? 蝙蝠呼ばわりされるよりいいでしょ?」
「いや、嫌だってわけじゃないんですが、なんでかなーと」
そんなアイードの手に、丸干し用の魚がある。シャーはおもわず吹き出した。
「カワウソってお祭りするだろ。魚岸辺に並べてお供えするみたいにしてるの。後ろからみると、干物作ってるあんたそれに似すぎててさ」
「殿下、さては私のこと馬鹿にしてますね?」
「別に〜。単に親しみの持てる会話がしたくてかまっただけ」
ちっと軽くアイードは舌打ちする。
「カワウソだって怖いんですよ。肉食なんですから」
「そりゃあ気になるね。あんた戦闘中でもずっとそのノリだから、寧ろ怖いところみたい」
「そんなこと言うと、後悔するんですからね。干物もおすそ分けしてやらないんですから」
「あれ、拗ねたの?そんなこと言わずに干物ぐらい食べさせてほしいんだけど」
シャーは、ふいっと顔を背けて魚を干し始めたアイードにゴマをするように猫撫で声を出してみる。
アイード=ファザナーが普段はハダートによくいじめられているらしいが、理由がわかった気がした。
(しかし、本当、カワウソに似てるよなあ、このにーちゃん)
からかうとどうにも面白い。七部将の連中は、ある意味では厄介なものもいるが、彼はある意味では距離を詰めやすいともいえる。
(まあ、魚干してるのみると、将軍とか見えないからなあ)
ちょっと頼りないのが問題ではあるのだけれど。
どうもこの男の昼下がりの時間は、ゆっくりと流れていくようだ。たとえそれが軍艦の上でも。
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