◆退屈しのぎの料金

 ※暗殺編前夜。暗殺編のネタバレあり。


 昼間からゆるゆると酒を飲みながら、俺は来客を待っていた。

 来客といっても、今日の客は色気も何もねえ奴だ。俺にとっては義理の甥ってやつだが、アイツが俺に会いに来るってのは、どうもロクな話じゃねえだろう。

 俺はアイツの親父の義理の弟。兄貴は、カーネス朝ザファルバーンの初代国王で、俺は前王朝カリシャ家の分家筋。分家ったって、一応王位継承権があったせいで、長いこと不自由な生活を強いられたものさ。兄貴が王朝を開いてからは解放されたが、いち早く兄貴に味方していた俺は色々あって、兄貴の弟として迎えられている。

 ギライヴァー=エーヴィル=アレイル・カリシャ=エレ・カーネス。俺のやたらと長い名前は、その辺の経緯を物語っているというわけさ。

「まだ来ねえのかねえ、俺ァ眠くなっちまったぜぇ」

 待ちくたびれてそんな風にいうと、昔馴染みの側近のキアンが平然と言った。

「もう少しお待ちを。そのうち参られますよ」

「本当かよぉ、ったく、仮にも叔父の俺を待たすとか、アイツ性格悪いんじゃね?」

 いや、アイツがロクでもねえのは、俺が良く知っていることだ。キアンはいつものことだと思っていたのか、俺を半ば無視しながら控えている。相変わらず面白くない男だ。

 そんなことをぐねぐねと言っていると、そのうちにどうやら本当に到着したらしく、足音が聞こえてきたので、俺は居住まいを少しただした。

「遅かったなァ、ザミルよぉ。叔父さんは待ちくたびれて寝ちまいそうになってたぜ」

 部屋に入ってくる前に、大声で聞えよがしにいってやる。どうせ廊下で聞こえているだろう。

 ザミルってえのは、セジェシス兄貴の年次で三番目の息子だ。

 兄貴が失踪した後、そもそもは国王になる筈だったラハッドの弟だ。しかし、”不慮のこと”でラハッドが死んじまった後に即位したのは残念ながら、一番上のシャルル=ダ・フールとかいうイカレたヤツだったので、今は冷や飯食いというわけだ。

「遅くなり、随分と失礼いたしました。人目をはばかるのが大変で」

 ザミルは入ってくるなりそう謝罪した。

 ラハッドもそうだったが、こいつら兄弟はいかにも育ちのいいお坊ちゃん然としている。順当に行けばこいつらが王になるというのも、まあわかる話さ。

 ザミルの後ろに、会釈して入室してきた男がいた。黒服で鬱陶しい長髪をした長身の男だ。陰気な奴だが、俺はソイツに見覚えがあった。色の青白いなかなかのイイ男だが、どうやらこのあたりの出身でもなさそうだった。

「私は叔父上と大事な話があるので、下がっていなさい」

 ザミルはいきなりそう命令した。男はかすかに眉根をひそめる。

「私はラゲイラ卿に殿下の護衛を任されていますので」

 そう告げる男の言葉には、異国の訛りが残っている。

「叔父上の御前だ。お前が心配するようなことはない」

 ザミルは強い口調で言った。

「下がっていろ。ジャッキール」

「は。そこまで殿下がおっしゃられるのなら」

 男は目を伏せ、一礼すると引き下がった。

 忍びのザミルの護衛を務めていたソイツは、おそらく、ラゲイラの親父に雇われた傭兵なのだろうが、それにしては動きが洗練されすぎている。

「おいおい、いいのか? せっかく用心棒に連れてきたのによ?」

 俺は笑いながら言った。

「俺がお前に何かするつもりだったらヤベエんじゃね? せっかくラゲイラの親父がお前につけてくれたんだろ」

 俺は腕組みしながら言った。

「あの男前さあ、ラゲイラの親父のお気に入り武官だろ。この間会った時に自慢されたぜ。相当腕も立つとかなんとか」

 そういうと、ザミルは少し嫌そうな顔になる。

「確かにラゲイラは気に入っているようですが、私はあまり彼を信用していませんので……。彼は流れ者の傭兵にすぎません」

「そりゃあそうかもしれねえがな。はは、それにイカレてるって噂も聞いたしよ」

 そういいながら、俺は顎を撫でた。

「でもよ、いいじゃねーか、なかなかイケてる面してるし、外見だけなら、親衛隊にだってなれる面だぜ? オメエも、どーせ天下狙ってんだろう。王宮を手にしたら、あーいう見栄えする奴も必要だぜ。狂犬かもしれねえが、今の内に飼いならしておけよ」

「叔父上」

 しつこくいったことに腹を立てたのか、ザミルが俺を睨み付ける。そう、コイツ、こーいう面するんだよな。それに気づいている奴は少ないかもしれない。コイツは、俺と違って外面がいい。

「とにかく、私はああいう男は……。大体、ラゲイラも何故あんな男に入れ込んでいるのだか知れません。ちょっと見栄えがいいだけで」

「見栄えがいいねぇ……」

 俺は、先ほど去った黒服の男に思いを馳せた。

 どうせ、アイツ、巷じゃどうせロクなこといわれてねえんだろうな。無駄に色男な外見してるから、下世話な話、ラゲイラの親父に色目使ったとか妙な事すら言われてるんだろうよ。だが、ラゲイラの親父にゃそういうシュミはねえし、そもそも、ラゲイラの親父はそういう感情だけで贔屓するような奴じゃない。大体、あの男については、あの親父が全部終わった後、ゆくゆくは将軍にしたいとまで言ってるんだから、その入れ込みっぷりは相当なものだ。それはあの男が親父に見込まれるだけの才能を持っているということなのだが、わかってねえなあ、ザミルよ。

 そもそも、あの親父がわざわざあいつを”俺”にまで紹介してるんだから。

 だが、俺はそんなに親切じゃねえから、それ以上はザミルに教えてやらない。答えは自分で見つけなきゃなあ。

「そりゃあそうと、俺のとこに来たのは、とうとうラゲイラの親父がやるっつったんだろ?」

 旧王朝系貴族の大物ジェイブ=ラゲイラが、ひそかに今の国王シャルル=ダ・フールに反目する者たちを集めているのは、それなりに知られている。だが、担がれているのがザミルで、ザミル自身も野心的な奴だというのを知る奴はそんなにいない。コイツがここまで政権簒奪に積極的だとは思われていないだろう。

 シャルル=ダ・フールのクソガキに反目する奴は多い。例えば、兄貴の妃の中で一番コワイ女のサッピアのババアとかな。内乱の時に一番暴れたのはあの女。今は謹慎処分になっておとなしくしているというが、あの女だってあのまま収まるような奴じゃない。ラゲイラが、あのババアがおとなしくしている間にザミルを王位につかせようとするのも当然だ。

「はい。それで、その計画には是非叔父上にも是非協力いただきたいのです」

 俺は思わず嘲る。

「協力ぅ? はん、結局のとこ、カネ出せってことだろ? 俺は大した軍隊持ってねえが、金はあるからなあ。そりゃあ味方にしておきたいよなあ」

 露骨な言いまわしをすると、ザミルが嫌な顔をする。それを見て楽しくなった俺はにやりとした。

「いーぜ、出してやっても。俺は別にシャルル=ダ・フールのクソガキになーんの義理もねえからよ」

 そういうと、ザミルが少し安堵した様子になった。

「しかし、お前、なんでシャルル=ダ・フールが嫌いなのさ」

 俺は酒を飲みながら、そう尋ねてやる。ザミルは、例のいい子ちゃん風の表情に戻って首を振った。

「嫌いなのではありません。私は、ただ、どこの骨ともわからないあの男が王位についているのが許せないのです」

「まあ、確かにあいつは兄貴の息子じゃねえって説もあるけどさあ」

 シャルル=ダ・フールは、いわゆる落胤。母親の身分も低ければ、顔も兄貴には似ていない。だから、ザミルみてえな反応をする王侯貴族は一人二人じゃねえのも確か。

「エレ・カーネス王家の正統を守るためにも、彼を排除する必要があると、私は言っているのです」

「へっへー、そいつは嫌いってことと同意なんじゃねーの? だがよ、おめえはあの男を知ってるのか? シャルル=ダ・フールがどういうやつかってことをさ」

「叔父上もご存知の通り、彼はあまり公式の場に出てきませんので、直接話したことはほとんどありません」

「あー、俺もそうよ。アイツはよくわかんねえ男だからな」

「はい。体が弱いと聞いていますが、それは偽りではないかと。彼が東征に従事していたのはほとんど間違いない。私が昔見たあの男は、もっと気味の悪い男でした。戦場の不浄さを連れ歩いているような」

「戦場の不浄さ」

 俺はぽつりとつぶやく。ザミルはそれに気を留めた様子はなく、しかし、とつづけた。

「恐れるには足りません。ラゲイラの工作により、私に味方するものも多い。私が王位につくのを待ち望んでいるものも多いのです」

「へえ、そうかい。そんな状況なら安心だなァ。ま、ラゲイラの親父のやることだ、抜け目ねえだろ」

 俺は伸びあがってから、前のめりになり、酒に手を伸ばした。キアンが手伝ってくれねえから、自分で注ぐ。それで唇を湿しつつ、俺は視線を上げた。

「で、ザミルよ、話は変わるんだけどよぉ」

「はい」

 俺が絡むように言ったので、ザミルは警戒した様子を見せたが、俺は間髪入れずに訊いた。

「お前の兄貴の、ラハッド殺したの、アレぁ、当然、シャルル=ダ・フールの仕業だよなァ?」

 一瞬ザミルがギクリとしたのがわかった。

「いやあ、最初はサッピアのババアん仕業かと思ったんだがさ、どうやらそうじゃあねえのは内乱平定後の調べで明らかにされてるんだよなあ。となると、アイツが死んで得になるのは、シャルル=ダ・フールしかいねえじゃん? お前もそう思ってる?」

 俺がわざとらしくそういいながら、答えを迫るとザミルは少し狼狽しながら頷いた。

「もちろんです」

「ああ。証拠は出てこないけどな」

「証拠はなくとも、……私は、そう信じています」

 俺は冷笑を浮かべた。

「ははっ、そうか、信じてるならそうだろうよ」

 俺はそういってその話を打ち切った。結局そのあと適当に雑談をし、金を渡す約束をしたのちにザミルを帰させた。

 ザミルが帰るのを窓の外から眺めながら、俺は笑いが抑えられなくなっていた。

「ははは、信じています、だとよ。我が甥ながら白々しいことこの上ねえよ。テメエが殺しておきながら、よく言えたもんだよなあ」

「殿下、滅多なことをおっしゃられては」

 キアンがなだめにかかってきた。

「いいだろ。本当のことじゃねーか。このことはラゲイラの親父だって感づいてるし、当のシャルル=ダ・フールのクソガキだって本当は知ってることだぜ」

「しかし、ザミル殿下関与の証拠もございませんよ」

「そりゃあそうさ」

 俺はふんと笑った。

「シャルル=ダ・フールのクソガキが、ザミルに情けかけて、証拠握りつぶして隠したのさ。それなのに逆恨みされてかわいそうだよなー、あのガキも」

 俺は杯に残った酒の残りを片付けながら言った。

「ふん、ラゲイラの親父も苦労性だねえ。ザミルじゃ、シャルル=ダ・フールのクソガキには勝てねえよ。よっぽど親父が手を貸してやらにゃな」

「しかし、殿下は資金を出されるのでしょう?」

 お約束されましたからね、とキアンは、表情も変えずに言った。

「まあ出すことは出すさ。ザミルだけじゃキツイが、ラゲイラの親父が手を貸すっていうし、面白いから出してはやる。が、勝てるかどうかはわからねえからさ。その辺、ちゃーんと金の渡し方については考えとけ」

 そう、負けた時のことも考えておかなきゃな。

 まあ、今の時点では、俺はどっちが勝っても負けても別に痛くもかゆくもない。ここんところ、しばらく平和だったので、ちょっとした荒事が見たいだけのことだ。その為の観覧料ぐらい払うってもんだ。

 しかし、相手がシャルル=ダ・フールとは本当に相手が悪いぜ。別の人間、例えば、サッピアのババアんところのガキなら、ザミル相手でも十分だが、よりによって、シャルル=ダ・フールときたもんだ。

 ザミルにはわからねえだろう。何故俺が一番あのクソガキを警戒しているのか。俺が内乱の間、敢えて行動を何故起こしていないのか。

 それは、俺がセジェシス兄貴をよく知っているからだ。

 セジェシス兄貴は、恐ろしいぐらい魅力的な男で、俺をタイクツで気が狂いそうな人生から救い出してくれた男でもあるわけなんだが、一方で完全にイカレていやがる男でもあった。だからこそ、兄貴は魅力的で、だからこそ兄貴は強くて、そして恐ろしい男だったというわけだ。

 シャルル=ダ・フールが兄貴に似ているというのは、噂だけでもない。ガキの頃から戦場で生活したアイツには、ザミルの言う通り不浄な戦場の空気もつれているんだろう。だがその空気の匂いは、俺が知っている兄貴と同じだ。

 兄貴と似ているということは、シャルル=ダ・フールがトンデモなくイカレたヤツだってことと同じだ。そうじゃなきゃあ、あのハビアスのクソジジイに担がれて王位についたのに、いまだに平然と生きていられるわけがねえ。

「わかってないねえ、ザミル」

 俺は、杯をひっくりかえして残りの一滴を舌の上に落としながら言った。

「だが、どうせ負けるにしても、せいぜい面白く負けてくれよ。それなら、観覧料払った価値があるというものだぜ」

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