〇帰る先を誰も知らない


 夜の王都。

 相変わらず、本当に片隅にある街に、今夜も千鳥足の男達がふらつく。

「いやー、今日は飲んだわ~」

 上機嫌のシャーは、そんなことを言いながら、いつものごとくへらへらしていた。まわりを取り囲む数人も酔っぱらっているから、誰もシャーの顔色に目を留めたりしないが、飲んだ飲んだといいながら、彼は顔を見る限り、まだほとんど素面だ。

 乾燥地帯の夜は、特別に冷える。昼と同じ格好でうろつく彼らは寒いはずだが、酒がはいっているからか、寒いも何もないのかもしれない。

「それにしても、今日のアレ、実に美味だったじゃない?」

「そりゃー、イイ葡萄酒でしたからねえ」

「へえ、高いのはうまいんだ」

「自分が無理矢理頼んでおいて、よーくいいますね、兄貴は」

「そりゃあ、高くて不味かったら救いようがないじゃないですか!」

 正直払わされた方は大変だ。いつも通り、舎弟達にたかったシャーは、今日も一文も払わずに、酒と食事にありついていた。

 いつものごとく、シャーは、無一文で空の財布をさげたまま、ふらふら~っと酒場に現れた。そうなると、結果はみえているので、弟分達も彼の三白眼を見た瞬間に、散財の覚悟をするのである。

「全く、兄貴はどうしようもない男ですねえっ!」

「どうしようもない男だから、ふらふらしてるんじゃんか~」

 シャーは、ちょっとだけ心外そうな顔になった。

「どうしようもある男だったら、オレなんてキミタチとお酒なんて飲まずに、もっとかわいー娘と飲んでる方がシアワセじゃない。というか、お金があったらそうしてるもん」

「そりゃそうですけどねえ!」

 弟分達も半分ヤケである。彼らだってもうちょっとお金があったら、そうやって遊びたい。こんな三白眼のヘタレ男を兄貴と崇めている場合ではないのだ、本来は。ただ、何となくお金が入ると、この男におごってしまうのも事実なわけで、その為に、可愛いお姉さんとお酒を飲む機会が減ったりもしているのも事実なのである。一体、どうして、シャーについつい恵んでしまうのか、彼らもよくわからない。

「いや~、でもなあ、他人におごってもらう酒ってうまいよねえ」

「よくいいますねえ……」

 それしかやってない癖に。と、呆れ気味の弟分達は、しかし、一様に諦観に入っている。今日も相変わらず彼らが追求しないのをみやりながら、シャーはにんまりと微笑んで、背を向けた。

「それじゃ、またね~。おやすみ~!」

「今度は兄貴がおごってくださいよ!」

 その背中に向けて、勇気のある一人がそう呼びかける。シャーは、顔を向けずに、手を振った。

「お金があったらね~~」

 ということは、そんなことは絶対的にあり得ないということでもある。口を尖らせるほどの気力もなく、彼らはシャーを見送った。

 闇に消えていくシャーが、実はどこに帰るのか、酔っぱらった彼らは知らない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る