〇リーフィの夢
「ねえ、シャーは、夢見とか気にするほうかしら」
リーフィと向き合って酒を飲んでいた時に、唐突にリーフィにそう聞かれて、シャーは、一、二度瞬きをした。
「え、な、なあに」
「夢占いの占いにかかるほどじゃないんだけれど、ちょっと気になる夢をみたの」
リーフィは、そういって小首をかしげた。
「シャーがそういうのに詳しいなら教えてもらえないかしらとおもって」
「詳しくないけど、興味あるね」
シャーは、にんまりとすると、青みがかった瞳をちらりと返した。シャーの目は、どこか魔性を感じさせるところがある。もしかしたら、リーフィがそういうことを言い出したのは、そのイメージがあるからかもしれないが。
「一般論的にも夢って色々あるからさあ、よかったら話してみてよ」
そういうシャーに、リーフィは薄く微笑むと、そうね、と無機的な声で答え、ゆっくりと夢の話をしはじめた。
あの時、わたしはお店に向かう途中だったのね。ちょうどパーサと一緒に歩いているの。
お店についたときぐらいかしら、入り口のほうに、一匹の猫が飛び出てきたのよ。黒猫だった気もするけれど、どうだったかしら。目は黄色じゃなくて青い猫だったような気がするわ。
「リーフィ姉さん。猫だわ」
パーサがそういうと、私は自然とこう答えたの。
「あら、えさをあげなくちゃ」
「リーフィ姉さんの餌付けしている猫なの?」
パーサはそういって、私のほうを見たわ。私は首を振った。
「いいえ、餌付けしている猫じゃないのよ。でも、いつも私のところに来てくれる猫なの。ついでに餌をあげているんだけれど」
「じゃあ、リーフィ姉さんが休みの日は、この猫飢え死にね」
パーサがそんなことを言うと、私はまた首を振ったわ。
「でもね、大丈夫なのよ。そんなことはないわ。あの猫は、私以外にも、たくさんえさをくれる家を知っているからね」
「へえ、そうなの……。でも、それって、姉さんが餌をやることないんじゃないの?」
「でも、あげると猫も喜ぶし、わたし、猫は結構好きなのよ」
そういって私は店から何かとってくると、猫に餌をあげたのよ。
「リーフィ姉さん、ネズミだわ」
猫に餌をやってすぐだったかしら。不意にパーサがそういったの。私がそっちをみると、確かにねずみが一匹、ちょろちょろと走ってきたわ。野鼠かしらね。見かけは結構かわいらしい感じだったけれど。
「あのねずみもいつも来るねずみなのよ」
私はそう答えたわ。けれど、パーサは私がいつまでたっても、猫のときみたいに餌をとりにいかないのに不審がったみたいね。
「姉さん、ネズミにはえさをやらないの?」
「駄目よ、そんなことをしちゃ」
私はそういったわ。
「あのネズミはお金持ちの家のネズミだから、人から物をねだったりしないの。女の子から餌をまきあげたなんて、そんなことをしたら、あのねずみを傷つけてしまうかもしれないから、そのあたりの顔をたててあげなきゃね」
「へえ、そ、そうなの」
「そうなの。だから、ほうっておいても、飢え死にすることはないわ。むしろ、あのねずみは余裕があるから、他の仲間たちに分けてあげているほどなのよ」
私がそういうと、パーサも納得したのかしら。黙ってしまったわ。え? あきれてたんじゃなくて? そんなことないと思うんだけど。
そうこうしているうちに、パーサがあっと声を上げたわ。
「あ、猫がネズミにちょっかいを。ネズミが危ないわ」
いわれてそちらを見ると、確かに猫がねずみをからかいにいっていたわ。まあ、自然な風景だと思うんだけれど、パーサは慌てて私に言ったの。
「ねえさん、ネズミが殺されてしまうわ」
「大丈夫。あのネズミは、要領がいいから」
私がそういったとき、猫はねずみの逆襲を受けて、飛び下がったところだったわ。
「ね。見たでしょう。……あの猫とねずみはいつもああなの。でも、多分お互い本気でやってるわけじゃないとおもうし、意外と仲のいいところもあるのよ」
「そ、そ……そうなの」
パーサは、驚いた様子でうなずいていたわ。え、呆然としていたんじゃなくて? そうね、もしかしたら驚きのあまり呆然としていたのかも……。え、違うの?
ともあれ、猫とねずみがにらみ合いをしつつ、でも、猫は結局餌を食べたいので、また自分の餌場に戻っていったの。
すると、またパーサが声をあげたわ。今度は幾分か不安そうだった。気になってそちらを見てみたら、そこには黒っぽい犬がいたわ。
「姉さん、どこの野犬かしら」
「ああ、あの犬なら大丈夫。見かけは恐いけど、普通にしていれば襲ってこないわよ」
「ふ、普通じゃなかったら襲ってくるの?」
「危害を加えれば襲ってくるかもしれないけれど、女の子には何もしないから大丈夫よ。ちょっと狂犬気味だから」
「ええ! それは物凄く危なくないの!」
「大丈夫。大人しいときはおとなしいから」
姉さん、それは理由になっていないわ。とパーサが何か抗議していた気もするんだけど、とにかくその犬ね。私はその犬をみて餌をあげないといけないと思って、また用意をしてきたの。
それをみて、パーサが不安そうに言ったわ。
「ね、姉さん、犬にも餌をやるの」
「ええ。あの犬はね、要領が悪いから、ほうっておくとえさが食べられないの。だからあげられる時にあげておかないと」
「そ、そうなの?」
「目の前でえさをあげないと、食べようかなと迷っている間に盗られる犬なのよ。ちょっと危ない犬なんだけど、意外と駄目なところもあるのよ」
「どうして迷うのかしら」
そういわれて、私は少し考えてこう答えたわ。
「人間から餌をもらうのは、犬として恥じゃないかとか、そもそも、女の子からもらうのは、犬として恥じゃないかとか考えるからじゃないかしら」
「む、難しい犬なのね」
パーサは、腕組みをしていたわ。さて、私のほうは、犬に餌をあげようと用意していたんだけれど、いざ犬のほうを見ると……。
餌を食べ終わった猫と、暇になったねずみが、一緒になってなにやら犬をいじめていたの。
旦那、三十路男のくせに甘党なんだよなあ、とか、実は詩集とか持ち歩いてたりするんだよなあ、あんた、とか。犬は犬で、三十男が甘党で何が悪い! とか、反論はしていたみたいだけど、全く効果がなかったみたいなの。
「こら、貴方たち、弱いものいじめをしてはいけないでしょ!」
見かねた私がそう彼らに言ったところで、ふっと、こう、目が覚めたのよ。
「と、こういう夢だったの」
「そ、そう」
シャーは、何となくあいまいな顔である。リーフィは、少し眉根を寄せて、首をかしげた。
「ねえ、どういう夢かしら。悪い夢じゃないわよね」
「わ、悪い夢じゃあないと思うよ。けどねえ……」
「けど?」
リーフィにきかれて、シャーは、独り言のようにぽつりとつぶやいた。
「いや、リーフィちゃんが、オレたちをどう見てるのかよくわかったような……」
「え、オレ達?」
「あ、いや、何でもないよ。何でも~」
シャーは、苦笑いをしながらポツリと思った。
(リーフィちゃんにとって、オレたち、完璧に動物扱いなんだなあ)
シャーは、癖の強い髪の毛をかきやりながら、やれやれとため息をついた。まだ見捨てられない分、よい方向に考えたほうがいいのだろうか。
リーフィは、相変わらずの無表情で、少し怪訝そうにシャーをじっと見つめている。
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