〇指定席


「あー、ひもじいなぁぁ。誰かがおごってくれなきゃ、オレここで餓死するかも~」

 間の抜けた声に、周りにいる男達は、またかと呆れた顔をする。

 癖の強い黒髪の巻き毛に、ぎょろっとした三白眼。顔の作りはけして整っていないわけではないが、何となく二枚目というには縁遠い顔つき。痩せて背ばかりが高い体に被っているのは青い服に青いマント。サンダル履きに東方の不思議な刀を差した姿は、何となく不思議な姿だった。

 服装はどことなく異国風ではあるし、顔立ちもどこか東方を思わせる。

 だが、そんな彼の謎についてはこの際どうでもいい。この三白眼の男、シャー=ルギィズは今日も昨日と同じく彼らにたかっているのである。

「ねね、オレ、今日はコレ食べたいんだけど~。おごっておごって。餓死寸前のオレに恵んでくれないほど、みんなはつめたくないってオレは信じてるんだから」

「兄貴、ホント、ねだるのだけはうまいですよね」

 シャーと同じか、またそれ以上痩せている様子のカッチェラが皮肉と感心が同時に入りまじったような声で言った。

「あ、それ、褒め言葉?」

「どちらとでも取ってください」

 カッチェラのため息と周りの男達のため息はほぼ同時だ。今日もおごることになりそうだ。

 とはいえ、シャーとて毎日飲んだくれているわけでもなく、毎日ごちそうをねだるわけでもない。彼らが金を持っていないときや、昼間はチャイと少々の軽食をねだるぐらいだ。シャーも出資者スポンサーを食いつぶすのが目的ではないのだから、その辺の加減は心得ているのである。

 運ばれてきたチャイを猫背のまんまで飲みながら、シャーはいつものように酒場の奥にどっかり座っている。

 その周りを取り囲むように、いつもの連中が顔をそろえる。この辺のごろつき達だが、みな根は悪くない。そもそも、本当に悪い奴なら、こんなシャーにおごったりなどしない。

 シャーが酒場にふらっと姿を見せると、いつの間にやら人が集まってくる。たかられるのは目に見えているのだが、何となく側に寄っていってしまって、くだらない話に興じて、しっかりおごらされる。みな訳が分からないが、そうしてしまうのだった。

 店が違っても、シャーのいる席は大体店の奥の方で、壁に寄りかかりながら酒や茶をちびちびとやる。それがいつの間にやら彼の指定席のようになっていて、彼がいないときでも、少なくともカッチェラを含め、いつのまにやら舎弟にされてしまった連中はその席には座らない。

 指定席に座ったとしても牢名主ほどの迫力もないシャーなのに、なぜかそこにいるのが当然のように思えることがある。威圧感も何もないが、何となくそこにいるとこの酒場の主のように見える。それは一見不自然なようで、至極普通のことに思えた。

「どしたの? カッチェラ」

 声をかけられ、カッチェラはどきりとする。目を向けると見るだに気の抜けそうな三白眼がこちらをみていた。

「なぁんか元気ないね。悩み事があるならオレにいってごらんよ。このオレ様が恋のお悩みなら即断即決してあげるから」

「兄貴に即断されると不安ですけど。でも……」

 カッチェラはそういいきりながらわずかに苦笑した。どうしようもない奴だと思いながらも、彼はシャーの事が嫌いではない。こんな風にくだらない話をすることは、いつの間にか一つの楽しみになっていた。

「ま、どうにもならないときはお願いしますよ」

 カッチェラがそういうと、シャーはやや不服そうだった。それって最終手段じゃんか…とぽつりといいながら、シャーはまたお茶をちびちびと飲む。

 ようやく頼んだ軽食が運ばれてきて、シャーは軽く歓声をあげた。


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