第68話
「えらいこっちゃやで」
小屋から壁さんの声が聞こえてきた。珍しく慌ててる。
何か、あったのかな。
「ダーちゃんたちがあっちに戻る日が決まったらしいやで」
え!?
せっかくサーちゃんやランリーさんとも仲良くなれたのになあ。
でも、それで慌ててるんじゃないんでしょ?
「まったくシュシュはようわかってるやで」
壁さんの苦笑いが聞こえるみたい。
「代わりに来るのが、トリさんとゴロさんらしいんやで……」
えええ!?
あの、おっかないって評判の?
「せやで。せやからアワ食ってるやで」
とはいえさ、わたしはおっかないかもしれないけど、壁さんがなんで慌てるの?
「シュシュの他にも蹴られたら身が持たんやで。庭が別やったらええんやけどな」
そういうことかぁ。
……って、わたしがいつも蹴ってるみたいじゃない。
「ワイ、いっつも蹴られとるやで?」
ダヨーさんは少し離れたところで青草を食べてるし、ダーちゃんたちはもっと離れたとこにいる。
小屋の周りに誰もいないのを確認してから、壁を思いっきり蹴り上げた。
それから何日か経って。
ダーちゃんが側に寄ってきた。
いつもならニコニコしてるのに、今日はなんだか寂しそうだ。
「……またお引越しだそうですー……」
そうみたいだねぇ。
「あれ?知ってたんですかー?」
ダーちゃん、びっくりしてる。
ええ。教えてもらってたからね。
「なーんだ。でもサーちゃんもランリーさんもしょんぼりしてるですよー」
そっかぁ……。
でも、また会えるよ。大丈夫。
「そうだ!今度は先輩があっちに来ればいいんですよー。アツコ先輩もハッピー先輩もいますよー」
そうだねぇ。いつか行くことあるかもしれないね。
そう言うと、ダーちゃんはニッコリ笑った。
でもね。
わたしがここから離れるってことは当分ないような気がするの。
ここだからわたしはのんびり過ごせる気がするし、あっちに行ったら多分そういうことも出来ないと思うし。
なにより、そこはお兄さんたちがわかってると思う。
あっちとこっちを行き来してる馬たちは、みんなどこか気持ちが強かったり、うんと若かったり。
わたしはそうじゃないもんなぁ……。
「なんにも心配ないんやで」
壁さんの声だ。
「どのみちシュシュはここから動くってことはないんやで。シュシュだけ動かしたくても、部屋につけてるカメラはそうそう動かせないんやで」
あ、そういうことなんだ。
でも、カメラが動かせるなら……?
「カメラだけ動かしても他の色々なものもあるんやで。それ全部動かすくらいならシュシュにここにいてもろた方がええんやで」
そういうものなんだねぇ。
人間には人間の事情ってものがあるのかもしれないね。
わたしには良くわからないけど。
それから何日かして、ダーちゃんたちは引っ越して行った。
残ったのはわたしとダヨーさんだけ。
そして、わたしたちはまたお部屋をもらうことになった。
わたしはくぅと過ごしてたお部屋。
ダヨーさんも前と一緒のお部屋で、「やっぱり部屋の中は落ち着くんダヨー」って言ってる。
それを聞いて、わたしもおんなじだなあって思った。
お庭でのんびりしてるのもいいんだけど、部屋の中にいるのが一番落ち着く。
ここがわたしの居場所なんだなあって思う。
ここで子供を産んで育てる。
そのためにわたしはここにいるんだもんね。
どう?わたしも少しは大人になったでしょ?
「去年も同じこと言うてた気がするやで」
壁さんが笑いながら言う。
それって、去年から成長してないってこと?
「ワイにはようわからんのやで。成長してるのはお腹の仔だけかもやで」
わたしは思いっきり壁を蹴り上げた。
お部屋に戻れるようになったけど、晩御飯はまだもらえてない。
夜になればお姉ちゃんたちが日替わりで様子を見に来てくれて、ルーサンはもらえるんだけど。
「もっと寒くならんと晩の桶はないやで、もうちょいの辛抱やで」
壁さんが言う。そうなんだよねえ。
だから時々思うの。
早くもっと寒くならないかなあって、ね。
わたし、サラブレッド。
名前はシュシュブリーズ。
早く冬にならないかな。
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