第52話

だいぶ寒くなってきた。

わたしたち馬は寒いのは平気。むしろ暑いのが苦手なくらいだから、今の時期は嫌いじゃない。

雪で真っ白になった庭だって嫌いじゃない。

「シュシュが好きなのは牧草のあるとこだけダヨー」

ダヨーさんがそう言って笑う。

今の時期はお兄さんたちが牧草をまとめて置いてくれる。部屋で食べてるのと同じものだけど、庭で食べるのはまた一味違う気がする。

今はダヨーさんとふたりっきり。だからいつも一緒に過ごしてる。

「シュシュは冬毛モサモサしてるダヨー」

不意にダヨーさんがこう言って笑う。

ダヨーさんだって冬毛でボサボサだよ。

こう言うと「そうダヨー。だって冬ダヨー」とまた笑う。

寒いけど穏やかな毎日。

一緒にいるのがダヨーさんだからかな。


隣の庭ではダーちゃんたちが遊んでる。

わたしたちに気がついたみたいで、ダーちゃんがこっちに寄って来て、わたしに挨拶をしてくれる。

すると横からダヨーさんが「こっちにも挨拶が必要なんダヨー」と顔を出す。

ダーちゃん、ダヨーさんにも挨拶してから群れに戻っていった。

ダヨーさん、普段は本当に穏やかなんだけど、礼儀には結構厳しいみたい。

わたしももしかしたら怒られちゃうのかな……。


「シュシュは友達だから怒らないんダヨー」

わたしの気持ちを見透かしたみたいに、ダヨーさんはこう言って笑う。

「それに、シュシュ見てたら飽きないんダヨー」

こんなことも言う。

なんだかわたしが面白いことばっかりしてるみたいじゃない?

「わたしの周りにはシュシュみたいなのはいたことなかったんダヨー。だからなんダヨー」

どの辺が他と違うんだろう……。

自分のことって、自分じゃよくわからないからなあ。

今度壁さんにでも聞いてみよう。


部屋に戻ってのんびり過ごす。

去年ならそろそろ夜ご飯がもらえる頃合いだったのに、今年はまだみたい。

その代わり、お姉ちゃんやお兄さんがニンジンを持ってきてくれる。

お姉ちゃんが来てくれると、いっぱい遊んでくれるしニンジンもいっぱいもらえる。

お兄さんはあんまり多くくれないけれど、きっとわたしたちの体のことも考えてのことだって壁さんが言ってた。

確かに、食べ過ぎはよくないもんね。

「シュシュで食い過ぎってどんだけの量になるんやろか。ワイには桁違いすぎてようわからんやで」

壁さんが何か言ってるけど、気にしないことにする。


扉が開いて、やってきたのはお兄さんでもお姉ちゃんでもなかった。

お兄さんが「かーちゃん」と呼んでるお姉さまと、もうひとりは……誰だろう。

見たことあるようなないような……、少し警戒してしまう。

大きな声、ニコニコした笑顔。

きっと悪い人ではないのだろうけど、思い出せない。

「お兄さんのお父さんやで。去年の秋に世話になったやで」

壁さんがこう言って来た。去年の秋……。


思い出した。

お兄さんの代わりにお父さんがわたしとエミちゃんを庭に連れ出してくれたことがあった。

そのとき、わたしは通り道の広場で道草をしていた。

お父さん、それを見て「ここがいいのかー。よし」と言って、わたしたちが満足するまで道草をさせてくれたっけ。

あのときの人がお父さんだったんだね。やっと気がついた。

お父さんはニコニコしながらニンジンをたくさんくれる。

わたしもニコニコしながらいただいた分を食べる。

横ではお姉さまが部屋を掃除してくれてる。

今まで見たなかで一番丁寧にやってもらってる気がした。

ありがたいなあって思った。

「お兄さんもお姉ちゃんもおらんから助っ人で来てくれたやで。たまにしか来ないからちゃんと味わって食うんやで」

え?

もう全部食べちゃったよ。

お父さんたちはダヨーさんにもニンジンをたくさんあげて、部屋を掃除してた。

ダヨーさんも大喜びしてる。めったにないことだもんね。

「向こうでもこんなにニンジンもらったことないんダヨー。シュシュのおかげダヨー」

こんなこと言って喜んでる。わたしのおかげじゃないと思うんだけどな。

ダヨーさんに見えないよう、壁さんと苦笑いしてた。


わたし、サラブレッド。

名前はシュシュブリーズ。

夜ご飯、まだかなあ。

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