第51話

部屋を引っ越してしばらく経った。

庭に出るとダヨーさんとふたりっきり。

隣の庭ではリリックさんが相変わらずの表情で立ってる。

そう言えば壁さんがこんなことを言ってた。

「シャーマンさんの妹が来てるやで。毛色が違うからわからんかもしれんやで」

どの馬がシャーマンさんの妹なんだろう。

リリックさん以外は遠くにいるからよくわからない。

ダヨーさんとどれが誰か話をしながら探してた。


リリックさんとルフィーさん。

それに見たことのない栗毛の馬。あれがシャーマンさんの妹さんかな?

あれ?もう一頭いる。

誰だろう……。


壁さん、こんなことも言ってたな。

「そうそう、もう一頭来るやで。誰かは来てのお楽しみやで」

壁さんはいつも肝心なことを言ってくれない。

誰なんだろう。ダヨーさんも首をかしげてる。


その一頭がこっちに歩いてくる。

だんだん近づいてくる。なんだか嬉しそうな顔をしながら。

それでわたしもやっとわかった。

でも、信じられない……。

その馬は走ってこっちにやってくる。


「先輩、ただいまです!」

走ってきて柵越しに声をかけてきたのは、ダーちゃんだった。

壁さん、知ってて言わなかったな。妙にニヤニヤしてたもの。

頑張ってるみたいだね。また休養なの?

挨拶しながら聞いてみた。


「この間引退して、ここに戻って来ることになったです」

ダーちゃんは少し寂しそうな顔をして言った。

「みなさんに応援してもらったのに、ひとつも勝てなかったです……」

今度は悔しそうな顔になる。

ダーちゃんの気持ちは痛いほどわかる。

周りの人たちが期待をかけて応援してくれて。

それでわたしたちは勝ちたいと思って走る。

でも、勝てないことの方が多いのだけど……。


「でも、行き先がここって聞いてうれしくなったです!またここに戻って来たいって思ってたですよー」

今度は嬉しそうな顔で言う。よほどここが気に入ってたんだね。

「先輩たちと一緒にいたかったですよー。……でも、他の先輩たちがいないです」

エミちゃんたちは引っ越ししていったことを伝えると、また寂しそうな顔になった。

「みなさんにいっぱいお世話になったから、きちんとお返事したかったです……」

引っ越しって言っても行き来はあるから、また会うこともあるよ。

そう言えば、シャーマンさんの妹がいるって聞いたんだけど、もう挨拶したの?

「ああ、シャルムちゃんならそこの栗毛の仔ですー。この間来たときのわたしみたいですー」

シャルムちゃんって言うんだね。でも、なんでそう思ったの?

「まだお庭のことがよくわからなくて困ってるみたいです。なのでルフィー先輩やわたしが教えてるですよー」

ダーちゃんもお姉さんだね。がんばってね。

そう言うと、ダーちゃんはとっても嬉しそうな顔をして、こう言った。

「わたしもがんばって先輩みたいなお姉さんになるですー!」


そうしてダーちゃんは群れの方に戻って行った。

見送りながら、わたしはダヨーさんにいい仔だよねと言った。

ダヨーさんも「見たことない馬だけどいい仔ダヨー」と言う。

そして、わたしの顔を覗き込んでこう続けた。

「あの仔シュシュとはどんな関係なんダヨー。教えるんダヨー」

どこから話したらいいのかな。

わたしは苦笑いしながら考えてた。


わたし、サラブレッド。

名前はシュシュブリーズ。

ダーちゃん、おかえり。

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