第36話

何日も経たずに、わたしたちはまた引っ越しをした。

と言っても、前の部屋に戻るだけ。

チョイナさんが言ってたように、わたしの隣は子供部屋になってて、ミニーちゃんが遊んでる。

久しぶりに戻ってきた部屋は前と変わらず、壁にゴムが貼ってある。

戻ってきたなあって思ってたら、隣との仕切り板に大きな穴が空いてるのを見つけてしまった。


「それなあ、前にいたダヨーさんが隣にいたデュエットさんと共同作業で空けたんやで。シュシュいた頃は小さな隙間だったとこやで」

壁さんが教えてくれる。壁さんもやっぱりついてきたらしい。

「遠いと野次馬すんのに不便なんやで」

相変わらずだけど、いなきゃなんだか落ち着かない気もする。多分気のせいだとは思うけど。


ここは角部屋で日当たりも良くて、わたしにとってはすごく居心地のいい場所。

だけど、ひとつだけ目の毒がある。

部屋の向こうに、ご飯の桶が積んである。

そこからお兄さんたちがご飯を盛り付けして、みんなの部屋に運んでいく。

それが全部見えているのは、今のわたしにとって目の毒。

まだお乳が止まってないから、ご飯はもらえない。

盛り付けしてるときはなんだかいい匂いもしてくるから、余計お腹が空く。

でも、我慢しなくちゃ。


「おばちゃーん!ごろんして遊んでもいい?」

隣からミニーちゃんが声をかけてくる。まったくもう、お姉さんですよ。

わたしも耳を絞って返事する。

「わーい、おばちゃんに怒られたー!」

ミニーちゃん、こう言ってチョイナさんのとこに戻っていく。

「当歳はみんなこんなもんやで……」

壁さんもため息をつきながら言う。

「お兄さんから聞いたんやが、エルメスさんとこの男の子はエルメスさんに乗っかって投げられたらしいやで。投げる方もアレやが、子供はみんな元気なもんやで」

わたしが黙って聞いてると、壁さんは何かを察したような声になった。

「まあ、元気でいてほしいってのもあるんやけどな……」

うん、大丈夫だよ。子供は元気な方がいいに決まってるもんね。


「ああ、せやった。梅ちゃん、今年もこっち来たんやで」

本当?ここに来るの?

「いや、子連れやし本家の方に行ったんやで。シュシュがこっちにいるって聞いたら、きっと梅ちゃん飛んで来るやで」

壁さんが笑いながら言った。梅ちゃんかあ。

今年は会えないけど、いつかまた会えたらいいなあ。


それにしても、お腹が空いた。

牧草は食べてもいいからってお姉ちゃんが草籠に山盛りに入れてくれるんだけど、それだけじゃ全然足りない。

部屋の外ではお兄さんたちが「カメラ」の前で何か話し合ってるみたいだけど、お腹が空いて空いてどうしようもない。

途中でお兄さんが部屋のドアを開けて様子を見に来たけど、お腹空いたのを我慢してたからすごい顔してたはず。

こうでもしないと、ご飯もらえないような気がしたし。

「そんなんしても、お乳止まるまでご飯はないんやで……」

壁さんが後ろで呆れてた。


それから何日か経った朝。

わたしにもご飯がやってきた。

一週間ぶりのご飯。

いつも以上に味わって食べた。

……はずなんだけど、気がついたらもうなくなってる。

「ええ食べっぷりやったやで。今までで最速やったやで」

壁さんがニヤニヤしながら言う。わたしは思いっきり壁を蹴り上げた。


わたし、サラブレッド。

名前はシュシュブリーズ。

久しぶりのご飯はおいしかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る