第37話

何日か経った後、チョイナさんとミニーちゃんは引っ越して行った。

「娘が本家の幼稚園に入るんで、あたしも付き添いよ。まあ行ってくるわ」

引っ越しの前の日、チョイナさんはそう言った。

「ミニーがいろいろうるさかったでしょ?ごめんねー」

ううん、子供は好きだから気にならなかったよ。

「シュシュがこっちにいるんだったらあたしも安心だからさ」

どういう意味だろうと思ってたら、チョイナさんいたずらっ子の顔をしてこう言った。

「シュシュが本家に来たらあたしたちのご飯なくなっちゃうよー」

そんなことはないよと言おうとしたら、ミニーちゃんが声を掛けてきた。

「おばちゃーん、バイバーイ!」

……ホントにもう、お姉さんですよ。

わたしは耳を絞って返事した。


庭に出てしばらくしたら、なんだか騒がしくなった。

アツコさんがシャーマンさんのしっぽをかじって、毛が少し抜けたらしい。

アツコさんはいつものちょっかいのつもりだったみたいだけど、シャーマンさんはめちゃくちゃ怒ってた。

そのまま何歩か歩いたと思ったら、すぐに「シュシュ~、遊ぼうよ~」って寄ってきた。

ずいぶんと切り替えが早いんだねぇ……。

わたしとずいぶん違うから、なんだか感心してしまった。


こんなことがあった。

娘が生まれる少し前のこと。

部屋にいたわたしに、お兄さんが虫下しの薬を飲ませた。

それまでの薬はだいたい甘くて飲みやすかったから今回もそうかなと思って飲んだけど、この時は違った。

すごく苦かった。もう腹が立って仕方ないくらいに。

あとでお兄さんがニンジン持って来てくれたけど、その時は見向きもしなかった。

あのときは壁さんが一晩中なだめてくれたっけ。


そんなことを考えていると、部屋に戻る時間になる。

ミニーちゃんの後に隣の部屋に越してきたのはエミちゃんだった。

エミちゃんはご飯を食べ終わると窓枠を噛んだりゆらゆらしたり。

前と一緒で安心した。

「お兄さん、隣は誰でもいいとか言うてたんやけどな。考えてくれてたみたいやで」

壁さんが小声で教えてくれる。

そうみたいだね。エミちゃんが隣なら前と一緒だから安心出来る。


壁さんが種付けの日取りが明後日に決まったと教えてくれた。

ずいぶんと早いんだね。また去年と同じところに行くのかな?

「場所なあ……。去年とは違うやで」

壁さん、含み笑いをしながら言う。また何か知ってるみたい。

「今回は先に言うやで。次の種付けな、シュシュが前にいたとこに行くんやで」

前にいたところ?

「せやで。里帰りみたいなもんやで」


前にいたところは怖い馬が何頭もいた。

でも、世話をしてくれたお姉さんはすごく優しかった。

あのお姉さん、まだいるかなあ……。


わたし、サラブレッド。

名前はシュシュブリーズ。

昔のことを思い出していた。

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