第35話
お兄さんに引かれて庭に出る。
と言っても、今までのチョイナさんたちといるところではなく、引っ越し前に毎日過ごしてた庭に。
娘のいなくなったわたしは、子供のいない馬たちと一緒に過ごすことになった。
その方が気が紛れるかもしれないなと思う。
知ってる馬がいれば話も出来るだろうし、いなければ独りで過ごせばいいから。
庭に出てみたら、エミちゃんがいた。
どんな顔して声をかけたらいいかわからなくて、戸惑っていた。
そしたら、エミちゃんの方から近づいてきて、こう言った。
「シュシュ、よく頑張ったわね」
……え?
「お産のとき、わたしたちもここから応援してたのよ。聞こえなかった?」
痛くてそれどころじゃなかった気がすると言うと、エミちゃんはやっぱりというような顔をして「そんなことだろうと思ったわ」と言った。
「お子さんのことは聞いてる。シュシュはいいお母さんしてたんだもの。もっと自信持ちなさい」
はい。
「それから、わたしに子供が生まれたらいろいろ教えるのよ」
えええ?
聞けばエミちゃん、2ヶ月前に子供が出来たんだって。
でも、わたしが教えるより前に他の馬がいろいろ教えに来そうなものだけど。
庭にはエミちゃんの他にも2頭いる。
芦毛のシャーマンさんはとても寂しがり屋らしく、挨拶もそこそこにわたしにべったりくっついて来ようとする。
体の大きなアツコさんは陽気な性格みたいで、シャーマンさんにちょっかいを出しては笑ってる。
エミちゃんはそれを見ながら静かに柵を噛んでる。
群れのメンバーは変わったけど、やっぱりここがわたしの居場所。
なんだか懐かしい感じがした。
「そろそろ引っ越しらしいやで」
部屋に戻ると、壁さんが教えてくれる。いつもどこから聞いて来るんだろう。
「引っ越し言うても、元の部屋に戻るだけなんやで。お兄さんの計らいやで」
元の部屋に戻るのも悪くないなと思う。
今の部屋は居心地いいけど、今のわたしには広すぎる気がする。
それに、娘のことをいろいろと思い出してしまいそうで。
そんなことを考えていたら、隣の部屋からチョイナさんが声をかけてきた。
「そろそろ引っ越しだねえ。隣が子供部屋だから少し賑やかだけど、ま、そこは子供のすることだから」
チョイナさんが言うには、わたしの部屋とチョイナさんの部屋の間は子供部屋で、ミニーちゃんが入るみたい。
子供部屋とチョイナさんの部屋はつながってて、ミニーちゃんだけ行き来が出来るようになってるんだって。
「本当はたるちゃんも一緒の部屋だったみたいなんだけどね……。寂しいでしょ?」
チョイナさん、わたしの気持ちを見透かしたように言ってくる。
そりゃあ寂しいよ。でも、どっかで娘が見てると思ったらそんなことも言ってられないし。
「だよねぇ……。あたしも上の仔と子別れしたときはそうだったよ。どっかからあの仔が見てるって思ったら、泣いてられないからさ」
チョイナさん、少しだけ遠い目をした。
「それはそうと、シュシュお腹空いてない?」
今度はチョイナさん、いたずらっ子のような顔でこっちを見る。
もうお腹ペコペコだよ。お兄さんたちもご飯持ってきてくれないし、牧草だけじゃお腹にたまらないし。
「だよねぇ……うんうん。あのさ、来週ぐらいまでご飯来ないから」
えええええええええ!?
「子別れの後はね、お乳を止めるためにご飯抜きなんだよ。一週間ぐらいは牧草だけだからね。あたしも去年やったからみんなこうだと思ってね」
チョイナさん、いたずらっ子のような顔のままでこう言った。
「その間に気持ちの整理もつけておけってことみたいだよ」
そういうことなんだろうね。でも、お腹空いたなあ……。
風がだいぶ暖かくなってきた。
もうじき庭の雪も消えるかな。
その頃には、ご飯がもらえるようになってるといいなあ。
わたし、サラブレッド。
名前はシュシュブリーズ。
自分の居場所に戻れた気がした。
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