第24話

新しく来た馬、つまりハルちゃんのお姉さんのことを、お兄さんたちは「ダヨーさん」と呼んでいた。

ハルちゃんと違って、ダヨーさんはご飯の時以外は物静かな馬。

まだ知り合いがいないせいかな、わたしの後ろにいることが多い。

振り返ると「大丈夫ダヨー」ってにこっと笑う。

ハルちゃんみたいに賑やかになるかと思ってたから、少しだけ拍子抜けしてしまった。


「今日は引っ越しがあるやで」

部屋に戻ってご飯を食べてると、壁さんがなんだか話をしている。

「エルメスさんとリリックさんはここの本家に行くし、エミちゃんとダヨーさんは別な庭に行くんやで」

そうなんだねえ。あ、ニンジンが入ってる。

「シュシュとチョイナさんは居残りらしいやで。お兄さんが言うてたけども……」

ご飯に夢中で、壁さんの話は耳に入らなかった。


エミちゃんがいて、エルメスさんがいて。

リリックさんにチョイナさんがいて。

そしてダヨーさんがいて。

みんなでいられるのが何よりうれしい。

みんなマイペースで好き勝手してるけど、同じ群れの仲間だから。

だから、わたしもリラックスしていられるんだって、最近わかった。


そんなある日のこと。

庭でチョイナさんと並んでお弁当を食べていた。

ふと気がつけば、みんなの気配がない。

顔を上げて周りを見ても、チョイナさん以外誰もいない。

急に不安になった。


お弁当を置いて走り出す。

「エミちゃあああああああん!エルメスさああああああああああん!」

「リリックさああああああああああん!ダヨーさああああああああああああん!」

いくら呼んでも誰もいない。庭中走り回って探したけどやっぱりいない。

不安で涙が出てきた。


「あたしがいるよー」

チョイナさんが声を上げた。彼女はお弁当のところにずっといたみたい。

「みんな引っ越しだって聞いてなかったかな?」

そういえば壁さんがそんなこと言ってたような……。

「あたしとシュシュは居残り。他に新しいのが来るかもしれないけど、そこはまだ考えなくていい」

チョイナさん、ちょっと怒ってる。

「あたしたちもそのうち、あそこに引っ越しよ」

チョイナさんの視線の向こうに、小さなお家が見えた。

「あそこがお産をするところ。あたしたちが一番に入ることになるみたいね」

あそこに行くんだ……。壁さんともお別れになるのかなあ。

「今年の春もあたしとリリックさんはあそこで産んだの。なかなか快適なとこよ」

チョイナさんはわたしにわかるように説明してくれる。

「今日明日に引っ越しってわけじゃないから安心して。でも、寂しいのにも慣れなきゃね」

そう言うと、チョイナさんはお弁当を食べ始めた。

「シュシュもいつかわかる。本当に寂しいってこんなもんじゃないから」

チョイナさんはそれだけ言うと、お弁当の桶に鼻先を入れた。


自分が寂しがり屋だとは思ってなかったけど、みんながいないとこんなに不安だとは思わなかった。

でも、チョイナさんの言うとおり、寂しいのにも慣れなくちゃいけないのかな。

わたしに出来るかなあ……。


わたし、サラブレッド。

名前はシュシュブリーズ。

本当の寂しさはまだ知らなかった。

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