第16話

梅ちゃんが帰ったぐらいに、わたし達が庭に出る時間が変わった。

それまでは夕方には部屋に戻ってたけど、最近は夕方になると庭に出て、朝に戻って来る。

夜の間ずっと庭にいるのは最初ドキドキしたけど、慣れてしまえば案外平気。

むしろ、いつでも青草が食べられるからいいかもしれないと思った。


それよりも、梅ちゃんがいなくて何もやる気が出ない。

早く部屋に戻って独りになりたい。

エミちゃんは気を遣ってくれるけど、庭に出ても独りでいることがまた多くなった。


そんなある日のこと。

庭に出てみたら見慣れない馬がいた。

なんだかおどおどしながら近づいてくる。

そういえば、ハルちゃんって馬が来るよーってお兄さん言ってたな。

この子かな?


「あのっ、お姉さま初めまして。よ、よろしくお願いします」

お姉さま!?

そんなこと言われたことないから、びっくりしてしまった。

ハルちゃんは3歳で実家に帰って来たけど、実家もいっぱいでここにいることになったらしい。

「だから、ここのことは全然わからないんです。よかったらお姉さま色々教えて下さいね」と、ハルちゃんはまっすぐにこっちを見て言う。

まいったなあ……。

こういう時に梅ちゃんがいたら、どうしてたかなあ。


エミちゃんに助けを求めようとしたけど、柵を噛むのに夢中でこっちの話を聞いてくれない。

横にいたマフィンさんは「その子うちの実家にいた子よ。大きくなったのねぇ」と言ったけど、またエミちゃんの側に行ってしまう。

……知ってるならなんとかしてよ。


その日から、ハルちゃんはわたしにどこまでもくっついて来る。

独りで毛繕いしてたら「わたしがやりますから」ってなめてくれたり、近寄ってくる虫を追い払ってくれたりもする。

独りにしてほしいんだけどなぁ。


「シュシュもお姉さんは大変やろ?」

部屋に戻ったら、壁さんがニヤニヤしながら話しかけてくる。

「しばらくはしたいようにさせとくのがええやで。あの仔は秋になれば帰るらしいやで。」

じゃあ秋まであの調子なの?それは困るなあ……。


「何にも心配ないんやで。」

壁さんの口癖だ。

「ああしているのはあの仔なりの処世術なんやろし、そのうち他の馬にも行くやで。」

だといいなあ。わたしばっかりじゃしんどいよ。

「それにあの仔……いや、じきにわかるやで。」

壁さんは何か知ってるみたい。でもその先は言ってくれなかった。


窓の外を見たら、梅ちゃんが帰ったときとおんなじ雲が流れてた。

梅ちゃん、どうしてるかなぁ……。

滅多に外は見ないけど、今日だけはしばらく外を眺めてた。


わたし、サラブレッド。

名前はシュシュブリーズ。

今はただ、独りになりたかった。

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