第11話
種付けからしばらくは何もない日が続いた。
部屋で壁さんを相手に何を食べたらいいお母さんになれるかなあと話をしていた。
「桶の中身を全部食べたらええんやで」と壁さんが言うのを聞いていたら、部屋の入り口にお兄さんとお医者さんがやってきた。
検査をしていたお医者さんが「あれ?」と変な顔をして、お兄さんに何かを言った。
途端にお兄さんの顔が曇る。
何かあったことはすぐにわかった。
「不受胎でしたー」とお兄さんはカメラの向こうに話してた。
不受胎ってなあに?
「赤ちゃんが出来なかったってことやで……」
壁さんの声もなんだか沈んでる。
いつもは柵を噛んだり体を揺らしてるエミちゃんも、このときだけはじっとしてた。
次の日庭に出たら、群れのみんなが声をかけてきた。
「シュシュ大変だったね。でも次のチャンスあるからさ」
こう言ってきたのは、年上で細身の馬。お兄さんたちはフェザーさんって呼んでた馬。
普段はわたしを追い払おうとしてくるのに、こういう時は優しいことを言う。
うんと年上のエルメスさんって馬も「まだ種付けの時期は終わってないよ」と励ましてくれる。
わたしはなんだかいたたまれなくなって、群れの外に出てしまう。
でも、梅ちゃんはわたしについてきてくれた。
そして、何にも言わずにわたしの側にいてくれた。
それが一番うれしかったけど、わたしも何にも言わなかった。
それからしばらくして、お兄さんはどこかに連絡をしてた。
もう一度種付けをするんだって張り切ってる。
壁さんも「一度経験してるから次はきっと大丈夫やで」って言ってくれた。
近いうち、わたしの準備が出来たらもう一度種付けをすることになるみたい。
今度こそ、お母さんにならなくちゃ。
ご飯を食べながら、わたしは強く思った。
わたし、サラブレッド。
名前はシュシュブリーズ。
今度こそ。
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