第10話

次の日。

庭に出たら真っ先に梅ちゃんが近づいてきた。

「シュシュおつかれー。よくがんばったねぇ」

そう言いながら体を寄せてくる。

他の馬たちも「お疲れ様」と言ってくれる。

なんだか照れくさくなって、わたしはひとりで群れの外に出てしまう。


庭の外には、わたしたちがいる部屋とは別の建物がある。

そこがお産をする部屋で、今も2組の親子がいるって聞いた。

わたしもそこに行くことになるのかな。

今の部屋が快適だから、出来れば引っ越しはしたくないんだけどな。


部屋に戻ると、仕切り板の向こうからエミちゃんが声をかけてきた。

「シュシュ、種付けしてどうだった?痛いことされた?」

正直記憶があまりないと言うと、エミちゃんは明らかに不機嫌な様子。

「答は期待してなかったけど、そこは期待通りだったわね」

エミちゃんは柵をかじりながらこう言った。

この答え、わたしもこう返ってくると思ってたから予想通りだった。


それにしても、わたしが何か変わった感じがまるでしない。

こんなものなのかな?


「なんにも心配ないんやで」

いつもの壁さんの声だ。

「そんなすぐに変わったりせんのやで。じきに何か自分でも気づくはずやで」

そうなのかな?それならいいけど。

「それに……、いや、今は言うたらいかんな。気にしないでええやで」

壁さんが珍しく口ごもる。何かわたしに教えられないことがあるのかも。

それに納得がいかなくて、わたしは壁に体を押しつけた。

壁さんの悲鳴が聞こえた気がしたけど、気にしない。


お兄さんが部屋で話をしてくれた。

しばらくはお医者さんが検査に来ること。

お兄さんは祈るような顔をしてわたしのお腹をのぞき込んでた。

わたしが産まれるときも、前のお姉さんはこうしてくれたのかな。

ふっと、思い出した。


わたし、サラブレッド。

名前はシュシュブリーズ。

これから始まる試練はまだ知らなかった。

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