第8話

お出かけしてた梅ちゃんが戻って来た。

とはいえ、顔を見たのは次の日。

お出かけしてた日はいつ帰ってきたのかもわからなかった。

どこに行ってたのか、何をしてたのか。

それもわからなかった。


どこ行ってたの?と聞くと、梅ちゃんは少し困ったような顔をしてこう言った。

「シュシュもそのうちわかるよー」

なんだか言いにくそうだったから、それ以上は聞けなかった。

同じ群れにいる年上の馬にも聞いてみたけど、やっぱり「そのうちわかるわよ」としか言ってくれない。

部屋に戻ってから隣のエミちゃんに聞いても、「よくわからないの」と言われてしまった。


わたしがしなきゃいけない役割。

ここにいる他の馬たちもみんな同じことをするのだけど、何をするかは教えてもらえない。

わたしだけ仲間はずれにされたような気がして、つい壁を蹴り上げる。


「補強してなんだらあぶないとこやったやで……」

あの声がした。あなたは誰?どこにいるの?

「そろそろ言わなあかん時になったみたいやねぇ……」

声はそう言うと、少し置いてから話し始めた。


「ワイはどこにでもおるし色んな呼ばれ方されて来てる。神様とか言われたこともあったけども、今は壁って呼ばれてるんやで」

神様なの!?

「いやいや神様ではないんやで。ワイはなんにも出来ん、ただの壁やで」

でも、壁さんがどうして話をするの?

「シュシュが困ったときに少しだけお節介してるだけなんやで」

壁さんはそう言って笑った。


「シュシュはこれから、お母さんにならなあかん役割があるんやで」

壁さんはいつもより落ち着いた口調で話し始めた。

「ここにいる他の馬もみんなそうやで。子供を作って育てなあかん。そのためにシュシュはここにおるんやで」

お母さん……。わたしに出来るかな?


「なんにも心配ないんやで」

いつもの口ぐせ。だけど口調は落ち着いたまま。

「ここのお兄さんやお姉さんや人間のみんなが助けてくれるやで。シュシュは黙ってお任せしてたらええんやで」

もしわたしが困ったら、壁さんは助けてくれるの?

「ワイはなんにも出来んのやで」

壁さんは笑った。わたしはさっきより力をこめて壁を蹴り上げた。


次の日。

お医者さんの検査で、わたしがお母さんになる日取りが決まったらしい。

正直不安だけど、お兄さんやお姉さんを信じてみようと思う。

仲間はずれにされたくないから。


わたし、サラブレッド。

名前はシュシュブリーズ。

一歩前に進めた気がした。

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