第9話

次の日。

梅ちゃんに日取りのことを教えたら、どんなことをするのかを教えてくれた。

行く前に鎮静剤を打たれること。着いたら当て馬というおじさんが色々準備してくれること。

建物の中に入ったら種付けということをするお相手がいるということ。

わたしは黙って聞いていた。

すると、群れにいる年上の馬たちも集まってきて、「わたしの時はこうだったねえ」と賑やかに話し出す。

その光景を、エミちゃんがじっと見ていた。


いや、よく見たらエミちゃんも身を乗り出して聞いている。

わたしが気づくと、「わたしが聞いたら悪いの?」とにらんでくる。

それを見た年上の馬が「エミちゃんもまだだったわねえ」と微笑んだ。

エミちゃんは顔を真っ赤にしながら柵の方に行ってしまった。


いよいよ当日。

梅ちゃんに教わった通り、お兄さんが鎮静剤を入れに来た。

わかってはいるけど、やっぱり不安。


「なんにも心配ないんやで」

壁さんがいつもの口調で話し始めた。

「お兄さんにお任せするんやで。ワイも見てるやで」

うん、そうする。

鎮静剤で頭がぼーっとしてきたけど、言われたとおりにしなきゃと思った。


車に乗せられて、着いた先にはお兄さんによく似た人がいた。

わたしがお兄さんのところに来たときにもいた人。

お兄さんと一緒に何か話してる。

きっと、わたしにも関係ある人なんだろう。


当て馬のおじさんに準備してもらって、いよいよ建物の中に入る時。

「シュシュがんばるんやでー」

遠くから壁さんの声が聞こえた気がした。

うん、がんばってくるからね。

わたしは小さくつぶやいて、建物の中に入っていった。


種付けが終わって外に出たら、お兄さんによく似た人が「当て馬に人生を見た」って言ってた。

わたしには何のことだかわからないけど、きっと大事なことなのかもしれない。

頭がぼーっとして、それしか考えられなかった。

でも、なんだか大きな事をしたような気分。

これで群れのみんなと一緒になれたかな。


わたし、サラブレッド。

名前はシュシュブリーズ。

ほんの少しだけ、大人になった気がした。

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