第5話 妹と姉


貴族の間柄に産まれて来たのは、2つの宝石だった。


両親は姉をアリサ、妹をアリスと名付けた。


2人はとても仲がいい双子姉妹で、瓜二つだ。

よくどっちがアリスでどっちがアリサか両親でさえわからなくなるほど似ているのだ。


城に仕えるメイドのメアリーは2人にとってはお姉さん的な存在でいつも面倒を見ていた。

両親からはまるで三姉妹ねと微笑まれるくらいだった。


しかし、2人が大きくなるにつれ能力の差が生まれ始めてきた。


2人は多くの習いごとを担ってきたが、どれも上達スピードが早いのは妹のアリスだった。

ピアノ、バイオリン、外国語、剣技、他にもいろいろあるが、どれも完璧にこなすのは妹のアリス。


そのせいか、両親はアリスとアリサに対する態度が変わってきた。

妹のアリスには可愛がりったり褒め称えるといった扱いだったが、姉のアリサには『もっと頑張れ』など言われ続け、終いには放置されるといった扱いを受けた。


しかし、それでもメアリーは違うかった。どんな2人にも平等に接し、優しくしてくれた。


アリスとアリサはメアリーが大好きだった。




12歳になったアリスはどこか日常に退屈を覚えるようになった。

毎日同じことの繰り返しに飽き飽きとしていた。


相変わらず、両親はアリスにだけ特別な扱いをしている。

そのこともあって、日々日頃から姉のアリサから嫉妬のような感情を受けているのとにも気づいていた。


「ねぇ、メアリー」


アリスは自分の部屋を掃除してくれているメアリーに訊いた。


「どうされましたか?アリス様」


アリスはメアリーの敬語があまり好きではなかった。

どこか他人行儀のような、そんなふうに思えて仕方なかったからだ。

いつだったか忘れたけど、1回メアリーに本当のお姉さんのように普通に喋ってくれと頼んだことがある。

でも、メアリーはそれを拒んだ。

メイドの身なのでといって頭を下げられた。


「人生って退屈ね」


アリスがベッドに寝転がり、天井を眺めながら呟いた。


「12歳の女の子がなにをおっしゃっているんですか」


そう言ってメアリーは笑った。


「だって毎日毎日同じことの繰り返しじゃない、ピアノのお稽古にダンス、もう懲り懲りよ私」


アリスの口からため息がこぼれる。


「私はそんなことありませんよ」


「なんで?」


窓を拭いているメアリーに聞き返した。


「私は毎日アリス様とアリサ様のお顔を見るだけで幸せです。退屈などという贅沢な感情は生まれませんよ」


アリスは心の中のどこかが、ぽかっと暖かくなるのがわかった。


アリスは思い切って日頃抱いている不安を打ち明けることにした。


「アリサ、私のこと恨んでるのかな」


最近になってアリサとの会話が少なくなっていた。

アリサはどこか素っ気なくなって、アリスが両親と仲睦まじく話しているのをいつも透かした目で見ていた。


「え?」


メアリーは窓を拭いていた手の動きを止め、こちらを振り返った。


「どうしてそう?」


心配そうな顔でメアリーが訊ねてきた。


「最近アリサが怒っているように見えるの、私が両親と話している時もそんな顔で見てくるの」


メアリーはすぐには応えなかった。

やがて、重い口を開いて。


「気にしすぎではないのですか?私が見た限りではそんな様子見受けできませんでしたよ?」


「そうかな、それに他にもちょっとおかしいなぁ〜って思うところがあるの」


「どこがですか?」


メアリーは首を傾げる。


「最近、アリサが1人でお城を抜け出しているの。どこに行ってるのかしら。いつもお母様とお父様には1人で外に出ちゃダメって言われてるのに」


両親がなぜ1人の外出を危険に思うか。それは貴重な価値のある娘を1人外にでかけ誰かにでも攫われたらという不安もあるのだが、1番は最近外で謎の失踪事件が相次いで起こっているからだ。


今朝の新聞にも1人の少女が失踪した。

新聞にはその子の顔写真と事件内容が記載されていた。

その子の両親は捜索願をパトロール隊に出したらしい。

アリスは心の中で見つかるよう祈願した。


さっきからずっとメアリーの口が重くなっている。

何か知っているのでは?とそんな予感がした。


「アリサ様がそんなことを?」


重い口がやっと開いたが、その口調はどこか違和感があった。

メアリーの様子を見てそんな気がした。


2人の会話はこれ以上なかった。


重い空気が部屋の中を取り巻く。


アリスはそっと目を閉じて、暗闇の世界に入った。




事件が起きたのはそれから1週間ほど経ったころだった。



アリスが1人部屋で本を読んでいると、突然どこからか女の悲鳴が聞こえてきた。


アリスは思わずビクッとなって、声のした方を見るがそこは自分の部屋の壁。


え、なに?


アリスは本を閉じ、急いでその場所に向かった。


声は三階からだった。


三階には物置部屋、寝室、執事寮、母の部屋 父の部屋がある。


アリスが三階にたどり着くとすぐ目の前に人集りができていた。

その人は皆この城に仕える執事とメイドの姿をしている。


1人のメイドがアリスの存在に気づくと『アリス様...お母様とお父様が...』と声を震わせながら言った。


その言い方ぶりにとてつもなく嫌な予感がして、アリスは急いで人が集まる寝室に入った。


部屋の中は大きなベッドが1台。そのベッドは純白のはずだが、今日は真っ赤に染まっていた。


ベッドの周りには、メアリーとその他召使いが膝を崩して泣き喚いている。その中にはアリサの姿もいた。


恐る恐るベッドに近づく。


そこにはお母様とお父様が幸せそうに目を瞑っている。

しかし、2人とも腹部にはどす黒い血が広がっていた。


思わず胃から吐物が込み上げそうになるのをこらえて、アリスは目を逸らした。


なんで...なんで...誰がいったい...


思い当たる節の人物が全くいなかった。

城のみんなはお母様とお父様を愛していた。


誰かが、この城に侵入して暗殺した?


いや、有り得ない、あのセキュリティを突破できるなんて、でももしできる人間がいるとしたら?


アリスは周りの人間を一瞥する。


そんなことは考えたくもなかった。


泣き崩れるメアリーとアリサを見ると、勝手に拳に力が入った。


絶対に犯人を許さない。



騒ぎがいったん落ち着き、アリスは部屋の中で犯人が誰かをベッドに横になりながら考えていた。


両親の死体は庭にお墓をつくって埋められた。

明日葬式を行うようだ。


頭の中で両親の優しい笑顔が浮かんでくる。

同時に涙がアリスの頬を伝った。


その時、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。


アリスは急いで頬の涙を拭って上半身だけ起こすと『誰?』とドア越しに訊いた。


「私よ」


アリサの声だった。


ドアはゆっくり音を立てながら内側に開いていき、アリサが立っていた。


「どうしたの?」


「ちょっと話したいことがあるの」


そう言ってアリサがベッドに座るアリスの横に同じようにそうした。


今思えば久しぶりにこうやってアリサと二人きりで会話をする。


いったいどんな内容?犯人についてかしら。


「何を話しに来たの?」


横に座るアリサの顔を窺いながら訊ねた。

アリサは真剣な顔でずっと前を向いている。


アリスはその顔色を見ると、なんだか不安な気持ちにさらされた。


アリスは何も覚悟をしていなかった。

覚悟をしていれば、アリサの口から放たれた言葉に少しは耐えれたかもしれない。

いや、それでもやはり無理だ。


アリサは信じれられないことを口にした。


「お母様とお父様を殺したのは私よ」


そのまま時が止まったのかと思った。

いや、実際にアリスの中では止まっていた。

見つめていたアリサの横顔がいつの間にか豹変して、悪魔のような笑を浮かべていた。


悪魔はこっちを向いてアリスの口をハンカチらしきもので覆い被せた。


アリスはなにも対抗できないまま、思うがままになった。


そのまま視界は真っ黒になるが、アリスの頭の中は真っ白のままだった。



目が覚めると暗闇には変わりなかった。

視界が若干ボヤけていているが、ここが城の地下にある牢獄だとわかった。


辺りを見渡すと藁で敷いた布団、囚人用の排便機があった。


実際ここは内部に侵入した輩などをぶち込むところだ。今そんなところに城の主の娘が監禁されている。


手を動かそうとすると、鎖の音が鳴り響く。

横になった体を上半身だけ起こすと、再び金属が嫌な音を鳴らした。


手首を見ると鉄の手錠が絞められてある。

その先を辿ると鎖が繋がっていて、牢獄の壁に固定されてある。


ここに来たのは人生で2回目だった。

一回目は7歳の頃に、内部にスパイとして侵入してきた執事がここに閉じ込められ、興味本位で見に行ったときだ。


それからその執事がどうなったかは知らない。


まさか2回目が自分が監禁される立場になるなんて思ってもみなかった。

ようやくたるんでいた瞼が回復してくると、今更になって牢屋が少し青い光に照らされているのがわかった。


正面を向くと、その原因がわかった。

同時に心臓が大きく跳ね上がり、思わず叫び声を上げそうになる。


目の前には頑丈な鉄の牢、その先に大きなカプセルがあり、中には水、そして人が入っていた。


それが視界に広がるくらい横にいっぱい並んでいて、そのうちひとつのカプセルに目がいった。


その人物と会ったことはない。しかし、あることに思い当たる節のある人物だった。


その少女は1週間前に新聞でみたあの失踪少女だった。


カプセルの中の少女が水に浮かびながら死んだ魚のような目をしている。


犯人はアリサ。

両親を殺した犯人もアリサ。


まさか、失踪事件の犯人がアリサだとは思ってもみなかった。


もしこの事実が死んだ両親に知られたらどんな顔をするのだろう。

考えたくもなかった。


その時、コツコツ...


1階に通じる階段から誰かが降りてきた。

ここからじゃ階段は死角で、誰が降りてきているかは分からない。


やがて、音が平らな道を進む足音に変わると、どんどんこっちに近づいてきた。


そして、視界の横から姿を現し、目に見える真ん中のカプセルの前で足を止めた。


「気分はどう?アリス」


さっきと同じ悪魔のような顔をしていた。


「なんでこんなことをしたの!アリサ!」


アリスは思わず体を勢いよく前にするが、鎖の音と、手首に痛みが走るだけだった。


「私が支配するためよ」


「支配?」


アリスがオウム返しでききかえす。


「そう、私は頂点に立ちたかった。この城も私のものにするためにお母様もお父様を殺した。」


そんなことで自分の両親を殺すなんて正気の沙汰じゃないと思った。


「なら、そこに並んでるカプセルはなに?」


アリスはカプセルを左から右に順に目で追った。


「ああ、これ?綺麗でしょ?」


アリサがそれらを見ては不気味な笑を浮かべていた。


「これは、私のコレクション。こうやって人形を作るのが私の趣味、お母様とお父様もそのコレクションに入れるつもりよ」


そう言ってアリサは不敵味に笑った。


「なんでこんなことを?」


アリスがアリサの犯行の動機を聞いた。


「だから言ってるでしょ、趣味よ、人を殺して人形にするのが」


アリスは落胆した。まさか姉がサイコパスなんて夢にも思わなかった。


「私に嫉妬してたんじゃないの?」


「は?」


アリサが眉をしかめて般若のような顔つきになった。


「お母様とお父様に褒められている時ずっと私のこと見てたじゃない」


「馬鹿なのアリス?私はずっと狙ってたの、いつ殺そうかとね、あなたのことも」


「ならなんで監禁なんかしてるの?今すぐ私を殺せばいいじゃない」


アリスはなぜ自分が牢獄に閉じ込められてるのか意味がわからなかった。


「ただ殺してもつまんないでしょ?アリスには餓死して死んでもらうというプランがあるのよ」


再びアリサの笑が悪魔のようになる。


「こんなことしてただですむと思ってるの?城の皆が黙っちゃいないわ」


「皆アリスのこと失踪事件に巻き込まれたって今思ってるわよ」


「え?なんで?」


なんで私が失踪事件に?私は1人で外出しないことなんて城の皆やメアリーだって知ってるはず。なんでみんなそれを信じるの?


「私は今日からアリスなの」


アリスはその言葉の意味がわからなくキョトンとした。


アリス?アリサがアリス?どゆこと?


アリスが意味を理解できないでいると、アリサが再び口を開く。


「あなたが失踪したんじゃなくてアリサが失踪に巻き込まれたことになってるのよ、それであなたを監禁して私がアリスとして生きていきていく、そっちの方が自然だからね」


アリサのそのサイコパス的な考えにさらに驚愕させられた。


私の姉はいったいどうしてしまったのか。


いつからこんな風になってしまったのだ。


いや、もうそんなことはどうでもいい。

アリサはお母様とお父様を殺した。

絶対に許すわけにはいかない。


とは言ってもここから出れないんじゃなにもできない。

どうすれば?


色々な思考を巡らせているとアリサは『じゃあ次会うときはもう天国ね』とそういって目の前を離れた。


階段を登っていく音が聞こえる。

その音を聞きながらアリスは前方のカプセルを眺めた。




それから何時間経ったかは分からない。ここには時計もなく時間と日にちを知る術はどこにもない。


ぐぅ〜

お腹の音が地下に響き渡る。


まるでそれが合図だったかのように階段から誰か降りてきた。


誰?アリサ?でもさっき次会うときは死ぬ時って...


息を飲みながら視界右に意識を集中させる。


誰がくるの!?


だんだん足音が近づいてくる。

壁右側に薄い赤い光が照らされていく。

そしてついに正体を現した。



メアリーだった。


「メアリー!」


アリスは思わず叫んだ。

メアリーはロウソクとなにやら袋をもっていた。


「アリス様!」


アリスはその声に安堵して、思わず涙がこぼれてきた。

初めて自分が怖がっていたことに気づく。

でも、目の前にメアリーがいることがすごく安心できた。


アリスは興奮してメアリーに近寄ろうとするも鎖の手錠はそうをさせない。


「アリサが!アリサが!」


アリスはなにをどう説明していいのか分からず、姉の名前を連呼することしかできなかった。


「分かっております、黒幕が全てアリサ様だということは」


「え?」


メアリーは落ち着いた口調で語った。


メアリーが実は失踪事件の犯人だと言うことは前々から知っていたそうだ。


「すみません、今まで明かされなくて...」


メアリーがアリスから目線を逸らすと申し訳なさそうにした。


「いいのよ...」


「私にとってはアリス様とアリサ様も大事な妹のようなものです!どっちかだけに味方をすることはできませんでした。アリサ様を裏切るような行為もしたくありませんでした。でもまさかアリス様にまでこんなことを...」


メアリーの顔が歪んで、やがて頬に涙を流した。

アリスは初めてメアリーの泣く姿をみた。


「でもアリサのしたことは悪いことよ」


アリスがメアリーに言い聞かせるようにいった。10歳以上の年下に説教されたことでメアリーは自分の情なさを覚えたのか、ひたすらアリスに謝った。


「私が出来ることは、とりあえずアリス様にこれを渡すことしかできません」


そう言ってメアリーは牢の隙間からアリスの元に袋を投げた。


「なにこれ?」


「お食事です。アリス様を餓死させるわけにはいけません」


アリスは慌てて袋の中身を確かめた。

その刹那ヨダレが出そうになるが、なんとかこらえる。


中身はコッペパン、紙パック式のミルク、魚肉ソーセージが入っていた。


「いいの?こんなことアリサにバレたらメアリーも...」


これから飲食物を貰ったとしても、アリサはアリスが死んでいないと分かればメアリーを疑うはずだ。


「さっきも言いましたが、私はどっちかだけ味方にすることなんてできません、悪魔で2人を平等に扱っていくつもりです。これからも」


なぜだか分からないがその言葉に尊敬と言ってはわからないが、そんな感情が芽生えた。

やはりこの人はすごい、とそう感じさせられた。


アリスは『ありがとう』を涙を流しながら言うと、メアリーは一礼をして『また来ます』と添え姿を消した。


足音が離れていくと思ったが、数秒後すぐにこちらに戻ってきた。


アリスは再び戻ってきたメアリーに首を傾げた。


「そうそう言い忘れてました。アリス様、誕生日おめでとうございます。」


そう言ってメアリーは今度こそ地下を後にした。


そう言えば明日は双子姉妹の13歳になる誕生日だった。

いや、違う。もう今日になっていたのか。


お誕生日おめでとう


アリスは心の中で呟いた。


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